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大事な一歩


どうにもこうにもならないと思ったので
初めて一歩を踏み出してみた。


「ADHDの傾向はあります」

そう言われて、
期待してたはずなのに、泣きそうになった。

何かしらの発達障害と診断されれば、
周りと比べて上手くできなかった理由付けになる。
問題の根本的な解決にはならないけど、
精神的に救われると思っていた。
けれど、いざそういう診断をされるとなって、
傷付いた自分に驚いた。
心の底では、やっぱり普通の大多数の人間でいたかったのかもしれない。


先生と話していて、気が付いたことがある。

よくADHDは集中力ないといわれるけれど、
私は集中力がないわけではないから、
これは当てはまらないなぁと思っていた。
しかし、違った。
大事な会議中や、映画の間に違うことを考えることがあるかと問われ、たしかに学生時代のテスト中に頭の中で音楽を流していたことは多々あった。
あと、書類のミスが発生するとき、よくよく思い返してみれば、何か他のことが気がかりだったり、違うことを考えていてその数字や文字を書いてしまうことがある。


その他、
診察の後に行った筆記の心理検査のテストを
仕事じゃないからと、
ゆるゆるした気持ちで臨んだら、
日付や生年月日めちゃくそ間違えた。
受付記入欄も、その文字を認識するより先に日付欄を認識し、勝手に書いてしまった。
「最後に鉛筆で木を書いてください」
と最初に言われていたことを、
ボールペンで書き始めようと少し書いてから気が付いた。
あぁそういうことか、
最初に言われたことを覚えているかのテストか。
ひっかかったわ、やべぇな、と思った。

今まで、人よりできないとは思ってたけど、
具体的に言葉でまとめて明確化することはできてなかった。

よく母から、
「なんでそんな洗濯物の干し方するの?」
「部屋が汚くても平気なの?」
と言われていたけれど、
それは家事の慣れ度や性格が原因かと思っていた。
ただ洗濯物を干すことに慣れていないだけ、
整理整頓が苦手なだけ。

加えてよく言われたのは、
「もっと思いやりをもちなさい。」
これもさ、別にいじわるしてたわけじゃないのよ。
単純に相手が何を欲しているかわからなくて、
つまり、想像力がないってことだった。
想像力がない、も、独創性の話かと思ってたけど、相手が何を思うか、
この先のスケジュールはどうなるか、
といった想像力の話だった。
ない、壊滅的に、ない。


学生時代までの私は、
よくも悪くも周囲に恵まれて
ほんとうに恵まれて
大方楽しく生きてきたんだと。
ただ、なんだそれ。
社会に出たらいきなり通用しないとか、
辛辣すぎる。
これは無理だ。
これは落ち込む。


担当してくれた先生も、
自身が多分ADHDだって言ってた。
集団行動できないから、
大学病院は3ヶ月でやめた。
やりたいことをやりたいから、
好きなスポーツに関する副業をしている。

診察のデスク上にある
水筒の蓋も閉めてないことを指して、
こう言った。
「こぼれるかもしれないけど、
 こぼれたら拭けばいい。
 書類も苦手だけど、事務さんがいるし、
 必要最低限の分は、まぁそれは頑張る。
 できないことは、できない。
 合わせようと努力するのは本当にしんどいから、
 合う環境を自分で探していくほうがいい。」

診断していない理由は、
困っていないから。
自分で自分のことを理解し、
道を切り開いて生きている姿をみて、
強いなぁって。

ここでほんとに、
泣きそうになった。
涙をこらえるのが
精一杯だった。


やっぱり自分には
無理なものは無理だから
何が苦手か、得意なのか、やりたいのかを
とことん向き合って考えて
考えて分からないならやってみて
見つけ出すしかないんだ。
私が生きていける場所を。
居場所を。


心理検査のテスト結果が出るのが
1週間後で
だからまだ
ちゃんと診断はおりていない。
けれどもし
ADHDと診断されなかったとしても
その傾向はあるから
確実にグレーゾーンではあるから
やっぱり
居場所探しをしないといけない。


とりあえず昨日の話。


診断おりたら、また書きます。

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