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タイで始まりつつある禁断の王室批判

タイの憲法裁判所が7月21日に野党「新未来党」の解散を命じたことを発端に、タイ全土の大学とバンコクの一部の高校で、判決と軍政に抗議する集会が広がっている。

2月26日夜、タマサート大学で行われた抗議集会。

2月26日、民主記念塔周辺で街頭デモを行う高校生。三本指は独裁に対する抗議。

2月29日、カセサート大学で行われた抗議集会。参加者は1,000人以上。

タイでは2014年5月にプラユット陸軍司令官率いる陸軍がクーデターにより全権を掌握。その後は民政移管を進めると言いつつも、実際には軍が権力を独占し続けている。

2018年3月に下院選挙が行われ、連立与党がかろうじて過半数を獲得したものの、野党のタイ貢献党が136議席、新未来党80議席を獲得。今回、新未来党への解党が命じられ、さらには新未来党の一部議員が連立与党側に寝返ったため、下院における与党の優位は決定的になった。

集会はこの解党命令に反対するもので、本来は中立であるべき憲法裁判所が軍政に忖度しているのだから、学生たちが抗議するのは当然と言える。

しかしこの抗議集会に関する報道を見ていて気がついたことがある。学生たちのプラカードには、いままでは決して見ることがなかった、タイのワチラロンコン国王を暗に批判するものが含まれているのだ。

『ドイツの天気は良いですか?』
普段はドイツに滞在することが多く、めったにタイに来ない国王を皮肉っている。

動画の16秒くらいに出るプラカード『たまには帰って来てね』
同じくめったにタイに来ない国王に対する皮肉だろう。

タイ語でドイツを意味する「เยอรมัน」を少し変えた語句。筆者には意味がつかみきれないが、ドイツに滞在する国王にを暗に示しているようだ。

タイ北部チェンマイのメーファールアン大学にて。
北部方言で『KINGはアホな行為をやめろ!!』という意味らしい。

ご存知の通り、タイには不敬罪があり、王室に対する批判は禁じられている。

『王室と不敬罪 プミポン国王とタイの混迷』 (文春新書) 岩佐 淳士

この本には、フェイスブックに王室批判めいた書き込みをしただけで、懲役28年を宣告された女性が登場する(後に恩赦で懲役12年に減刑)。それほど厳しい不敬罪があるのに、今回の抗議集会では、直接的な言葉ではないにせよ、王室を批判して大丈夫なのだろうか?

この件に関係しているかどうかはわからないが、現在のタイでは、不敬罪の摘発リスクが減っているという背景がある。

『タイの不敬罪、今年は逮捕ゼロ 「異変」の背景とは』(西日本新聞 2019年7月1日記事)

上の記事によると、ワチラロンコン国王からの直接の指示により、タイ警察は敬罪の摘発を抑制している。不敬罪による逮捕・起訴件数は『12年が1人、13年は2人だったが、軍政が発足した14年には24人と一気に急増。以降、15年36人、16年16人、17年21人』(同記事)。しかし2018年は1人だけ。

不敬罪の摘発が減っていることを背景に、どこまでなら許されるか、抗議側と警察側の心理戦が行われているのかもしれない。

ただ、こういった国王への批判は、2016年に亡くなった前プミポン国王の治世には全く見られなかったものだ。国民に献身的に尽くし、国民を導いた父というイメージを確立した前プミポン国王。しかし現国王は、度重なる女性スキャンダルなどにより、国民の信頼をすでに失っていると見るべきだろう。

これまでタイの王室は、不敬罪という巨大な堤防により守られてきた。今回のデモでは、直接的ではないにせよ、間接的な皮肉やあてこすりを用いた、禁断の王室批判が始まりつつある。これらの批判は王室を崩壊させる蟻の穴となるのだろうか?

それとも1976年10月4日にタマサート大学で起きた「血の水曜日事件」のように、学生たちは弾圧されるのだろうか? 今後の行方に注目したい。

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