蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #3
「どうして部活に来ないんだ?」
ちょ、直球で聞くんだ? 自然退部しようとしてるんだからそういう質問は困るなー。
「えーっと……。ん〜そんなこと、どーでもよくない?」
「俺にとってもはどうでもよくないから、ここに来たんだ」
様子を窺うように手を上げてから、明日香が会話に割って入った。
「あの……みさきちゃんはゲームを使って反射神経を鍛えていたんじゃありませんか?」
脱力。明日香はどうしてこんなに無邪気なんだろう? FCのこと大好きだから、他のみんなもそうだって思い込んでるのかな?
「あたし……明日香のそういうとこ、ちょっと苦手」
「え? みさきちゃんはゲームセンターでFCの練習をしていたんじゃないんですか?」
「違う! あたしは……ただ……。とにかく違うから!」
うっ。拒絶するように言い放ったつもりなのに、明日香は平然と顔を近づけてくる。
「反射神経を鍛えていたのは本当ですよね。じゃないと、あんな風には動けません!」
「だから鍛えていたわけじゃなくて!」
「わたしコーチに飛び方が綺麗になったと言われたんです。反射神経を鍛えて強くなったみさきちゃんと試合してみたいです!」
「だから、あたしは練習なんかしてないんだってば!」
「だとしたら、どうしてあんな得点を出せるまでゲームしてたんですか? 凄い反射神経で感動しました! だから……え?」
晶也が明日香の肩に手を置いた。
「それ以上みさきを追い詰めるな」
明日香は驚いたように、あたしと晶也を交互に見る。
晶也はあたしの気持ちに気づいてるのか……。そう考えると少し恥ずかしいけど……明日香みたいな楽天家じゃなければ普通、気づくよね。
「練習にちょっと顔を出してみたらどうだ? 飛んだら少し楽になるかもしれないぞ」
あ、全然、あたしの気持ちに気づいてなんかいないな、この男。疲れるなー。
「楽になるって、今のあたしが苦しんでるみたいな言い方だねー」
「苦しんでないって言うつもりかよ」
あら、まあ? 全然、苦しくなんかない。ただ、FCが嫌になっただけ。嫌になったから離れる。凄く普通のこと。だいたい……。
「飛んだら楽になるなんて、FCをやめた晶也に言われたくない」
言った瞬間、晶也が苦しそうに顔を歪めたのに合わせて、ズキン、と胸が痛んだ。晶也の触れて欲しくない所に、踏み込んじゃったんだって……それを見た瞬間に理解した。気まずい空気が流れてしまう。余計な事を言っちゃったな。イラッとしたからって、晶也の胸に針を打ち込む必要なんかないのに……。あたし、こんなに嫌な性格してたかな?
謝ろうとした瞬間、佐藤院さんが痺れを切らしたように言う。
「取り込み中のところ申し訳ないのですけど、長くなるかしら?」
晶也は空気を換えるように軽い口調で、
「引き止めてしまってスミマセン。こっちはもう大丈夫なので買い物を続けて……」
「いえ、あの……私と佐藤院先輩はそちらの学校に行く途中で街に寄っただけなんです」
佐藤院さんは、アスファルトを靴底で叩くようにして肩幅よりも広く足を広げた。
「わたくし決闘を申し込みに来ましたの」
けっとう? ……おばあちゃんがよく言う血糖ではないと思う。このタイミングで唐突に健康診断の結果を言ったりしないはずだ。……ということは、もしかして決闘?
晶也が不思議そうに聞き返す。
「決闘? 試合ではなくて?」
「試合ではなくて決闘ですわ。心意気が違いますわ!」
……こ、心意気。年頃の娘さんが使う言葉とは思えない。スゲー。
「街に寄ったのは赤いバラの花束を買おうと思ったからですわ。決闘に赤いバラを持っていったら素敵だと思いませんこと?」
根本的に脳の作りが違うとしか思えないにゃ〜。
「わたくしが決闘をしたいのは……」
佐藤院さんは明日香を指差した。
「倉科明日香! あなたとの決闘を望みますわ! 赤いバラ、あなたに託しますわ!」
「え? あ、はい。え? わ、わかりました? ……あれ? わかりました、でよかったでしょうか? コーチ? えっと、どう答えれば……」
明日香は助けを求めるように晶也を見る。
「えっ? いや、あの……えっと……。決闘?」
「日向晶也ではなく、倉科明日香に聞いているのですわ!」
「は、はい? はい!」
オロオロしながらも、勢いに飲まれるように明日香は首を縦に振る。
……何をやってるんだ、この人たちは。ついていける気がしない。帰ってもいいかな?
「がんばって明日香。応援してる。んじゃ、そういうことで……」
「何気なく逃げようとするな。話は終わってないぞ」
「そうです。終わってません」
晶也と明日香があたしの正面に回る。いいタイミングだと思ったんだけどな。
「今日だけでも部活に来てください。そうしてくれないとわたし……えっとえっと、その……な、泣きます!」
「な、泣くって言われても……」
「だって、みさきちゃんが部にいないと寂しいんです!」
「本当に涙をためないで! 明日香ってそういう脅しを平気でする娘さんだったんだ?」
「来てくれないんですか? だったら、あたし取り返しのつかない号泣をしますっ!」
「と、取り返しのつかない号泣?」
見たい気もするけど……。それにしても、あたしが来ないから寂しいだなんて……本当の気持ちなんだろうな。明日香は躊躇わずに自分の心を素直に言う性格だもん。
あたしがいなくて寂しいか……。いろんな気持ちが一気に沸き起こる。素直に悪いことしたなって思う。明日香にそういうこと思わせたくない。だけど、あたしが行かないことで、ちょっとでも明日香が傷つくなら……それは、それでいい気がする。
──あたし、嫌なこと考えてるな。……え?
明日香が無言であたしの手をギュッと握って、ぐいぐいと引っ張り出した。