「アイス」/鳶沢みさき
部活を終え、俺はみさきとふたりで家に帰ろうとしていた。
まだ太陽が沈むのには時間がかかりそうで、眩しく道を照らしている。
みさき「たまには歩いて帰るのもいいね〜。
練習でいっぱい飛んだから、今日はもう飛ぶのは終わり!」
晶也「そうだな」
みさき「もー、晶也さんったら相変わらず冷めてるんだから。にしても、今日も練習キツかったにゃ〜」
晶也「よく頑張ったな。
スピードも上がってたし、これなら次の試合も勝てそうだな」
みさき「もちろん! 絶対あたしが勝つから、見ててよね、晶也!」
みさき「……ふー。にしても、暑いね……練習中もずっと汗だくだったよ〜」
みさきがパタパタとセーラー服の襟元をつまむ。
みさき「お陰でフライングスーツから着替えるのも一苦労!」
晶也「確かに、汗でくっつくと脱ぎにくくなるんだよな。
腕とか足とかうまく抜けないし。みさきもそうだろ?」
そう言うと、みさきが「あっ!」と何かに気付いたような顔を見せる。
イタズラをするときの顔だ。
みさき「晶也、エッチなこと考えた!」
晶也「か、考えてない!」
やっぱりこうきたか!
反射的にそう言っても、みさきはふふん、と笑っていた。
みさき「ウッソだ〜! 絶対考えてたもん!」
みさき「晶也、フライングスーツを脱いだあたしの裸を妄想したでしょ〜?」
勝ち誇ったように告げるみさき。
そう言われてしまっては、俺も早々に懺悔せざるを得なかった。
晶也「……少しだけ考えました」
みさき「素直でよろしい!」
みさき「じゃあエッチなことを考えた罰として〜……
晶也にはあの噴水の周りを100周してもらいます!」
晶也「勘弁してくれ! こんなに暑いんだし、熱中症で倒れるぞ」
みさき「え〜!? 晶也だって、あたしに地獄の砂浜ダッシュを強いたくせに〜!」
晶也「あれは練習の一環で、特訓メニューとしてちゃんと考えたやつだろ。
みさきの思いつきとは違う」
みさき「むーっ……あっ、じゃあシトーくんのモノマネ5連発!
はい、よーいドン!」
晶也「無茶振りだ! ひとつも思いつかない!」
というかシトーくんのモノマネって、どうやってやればいいんだ!?
慌てる俺をひとしきり見て満足したのか、みさきはにやりと笑う。
一連の行動が既に罰ゲームみたいなものだ。
みさき「もう、晶也はしょうがないにゃあ〜。じゃあ、えーと……あっ!」
突然みさきはぴっと公園の奥の方を指し示す。
みさき「見て晶也、あそこにアイス屋さんが来てる!」
晶也「本当だ。こう暑いと売れるんだろうな」
噴水の近くに、アイスと書かれたのぼりを立てたおじさんがお店を広げている。
暑くなるとやってくるアイス屋さんは、夏の風物詩みたいなものだ。
みさき「晶也、アイスおごって! 罰ゲームの代わり!」
晶也「えっ。まあ……アイスくらいならいいけど……」
みさき「やったー! アイスだ、アイス♪」
嬉しそうに歌いながらさっさとアイス屋の前に行ってしまったみさきを、
俺は慌てて追いかけた。
アイス屋のワゴンの中には何本ものアイスが並んでいる。
味は……バニラとチョコ、それからソーダの3種類みたいだ。
晶也「俺はバニラにするけど、みさきは何味がいい?」
みさき「ソーダ味!」
晶也「わかった。おじさん、バニラとソーダをひとつずつください」
お金を払ってから2本のアイスを受け取って、俺たちは近くのベンチへ向かう。
みさき「いただきま〜す! ……んっ、んん〜! 冷たくて美味しい!!」
みさき「やっぱり暑い日に食べるアイスは格別だにゃ〜」
ぺろりとアイスの表面を舐めてから、またかじりつく。
冷たいアイスを勢いよく食べたからなのか、頭がキーンとしたらしい。
みさきは目を閉じ、「ん〜!」と嬉しそうな悲鳴を上げた。
こうして見ると、やっぱりみさきは可愛い。
美少女を自称するだけあるなあ、と思う。
現に今だって、アイスを食べてるだけなのにとても絵になっているんだから。
みさき「……晶也?」
晶也「え、な、何だ?」
みさき「アイスも食べずに、そんなにあたしを見つめて……
ハッ、もしかして晶也ってば……」
晶也「っ!」
みさきに見惚れていたのがバレたか?
いや、バレたらマズいかと言われると、そういうわけでもないんだけど。
でもやっぱり、ちょっと恥ずかしい。
みさき「ソーダ味も食べたいんでしょ? いいよー、一口あげる!」
晶也「……あ、ああ……」
どうやらバレてはいなかったらしい。
……ホッとしたような、少しだけ寂しいような……。
みさき「はい、ソーダ味! 晶也のバニラ味もちょうだい」
晶也「はい」
みさき「もぐ……んん〜! バニラも甘くて美味しい!
ねえねえ晶也、晶也はどう?」
晶也「どうって、まだ俺自分の食べてないんだけど」
みさき「そういえばそうだった。じゃあ返すね、ありがと!」
晶也「どういたしまして」
俺もソーダ味のアイスをみさきに返す。
先にみさきに食べられてしまったアイスを改めて食べていると、
ベンチに座っているみさきがニヤニヤしながら俺を見上げていた。
みさき「ところで晶也さん」
晶也「何だよ」
明らかに俺をからかう気満々の口調に、思わず身構える。
みさきはまたぺろりとアイスを舐めて、楽しそうに告げた。
みさき「間接キスですことよ」
晶也「そうだな」
つとめて静かにそう言えば、みさきはわかりやすく「ガーン!」という顔で俺を見た。
コロコロ変わる顔が百面相みたいで、ちょっと面白い。今は不満そうな顔だ。
みさき「つ……つまんなーい! もっと照れてくれるかと思ったのにー!」
晶也「今更間接キスくらいで照れないよ」
みさき「!?」
晶也「ん? どうした、みさき」
みさき「い、今……いま、さら……間接キスくらい……って……」
晶也「それが?」
みさき「晶也の中では間接キス『くらい』、『今更』なんだ……と……思って……」
みさき「び、びっくり……びっくりだよ晶也……」
みさきの顔が真っ赤になる。
別にそんなつもりで言ったわけじゃないんだけど、
みさきがこんな反応をするのは珍しい。
そう思うと、もう少しからかってみたくなって――
みさき「あっ!?」
ぱくり。
俺はみさきの手を掴んで、ソーダ味のアイスをもう一口もらった。
みさき「う、うわー!? ま、晶也がまた! また間接キスを!!」
晶也「だから、今更だろ」
みさき「晶也が大人の階段を爆走してる……あたしを置いていく気だ……」
晶也「置いていかないよ」
晶也「その階段は、みさきと一緒に上りたいし」
みさき「うぅ……晶也、かっこいいこと言う……」
真っ赤になった顔を誤魔化すように、みさきはふるふると首を振った。
それから、残っていたアイスを食べ始める。
これ以上からかうのもやめておこうと思い、
みさきの隣に腰かけて、溶けかけてきたアイスにぱくついた。
みさき「はー、美味しかったにゃ〜」
アイスを食べ終わる頃には、みさきもすっかりいつものペースに戻っていた。
照れているみさきもいいけど、普段通りのみさきを見ると落ち着く。
晶也「満足したのか?」
みさき「うん!」
みさき「あ、でもでも、明日も暑かったら一緒にアイス食べようよ〜!」
晶也「はいはい」
みさき「それでね、明日もふたりで違う味を……じゃなかった。
間接キスしようね、晶也♪」
晶也「そこ言い直す必要、あるか?」
みさき「あるよ!」
みさきは立ち上がると、当たりとも外れとも書いていない棒をゴミ箱に放り投げて。
みさき「だって、アイス交換は建前みたいなものだもんね〜」
そう、ニヤリと笑って言った。
晶也「……っ!」
みさき「あっ、やっと照れた! やったー、あたしの勝ち!」
晶也「何を基準に勝敗を決めてるんだ……」
みさき「晶也が照れたらあたしの勝ち、かにゃ〜。
というわけで晶也、明日もアイスよろしくね!」
晶也「まったく……」
みさきには、やっぱり敵いそうにない――
そう思いながら、俺もアイスの棒をゴミ箱に捨てた。