蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #10
──も、もしかして、告白? いや、このタイミングでそれはないか。……でも、そうじゃないなら、どうしてこんな真剣に見つめてくるんだろう?
晶也から視線を外す。これ以上、見つめ合っていたら、自分でも制御できないような、変で凄い気持ちが噴火して、わけのわからない行動をしてしまいそうで恐かったのだ。
顔を伏せても晶也の視線を感じる。だって、肌に突き刺さってくるもん。この男は視線であたしに穴を開けるつもりか? あたしは変な形に固まってしまいそうな顔に力を入れて無理矢理に微笑む。
「……にひひ。ようやくあたしの可愛さに気づいたとか?」
晶也はあたしの軽口を無視。
「その頃のみさきって、今みたいに髪が長かったか?」
「んにゃ。あの頃は男の子みたいに短くしてた。活発なおんにゃのこでしたからにゃ〜」
晶也の頬が引きつっていた。全身に力が入ってる。そういうことする人じゃないって知っているけど……誰か殴る前の人ってこんな顔をしてるんじゃないか、って思った。
「ど、どしたの? 恐いよ?」
「胸はどうだったんだ?」
なんでここで急に胸の話? そんなことされるなんて微塵も思ってはいないけど、性的暴力の被害者になる可能性を人生で最も強く感じる。
「エロい気持ちで聞いてるんじゃないからな。ただ知りたいだけだ」
「胸の話でエロくないって言われてもな〜。特別に答えてあげるけど、あたしの二次性徴は遅めでした。どう? 晶也の特殊な部分が反応した?」
硬く硬直した空気を和ませるように言ったけど、晶也の表情に変化なし。
「試合をしたのって、いつもの海岸か?」
「え? う、うん? どうだったかな? ……だから、なんでそんな恐い顔してるの?」
「いいから! 思い出してくれよ!」
「わかったって。ちょっと待って……。えーっと……」
あの時、あの時の記憶。女の子の様子と物凄く青く見えた空は覚えているけど、場所がどこかまでは……。でも、なんとなくだけど……。えっと……なんとなくだけど。
「あの海岸だと思う」
「みさきはその試合で得点したのか?」
「何試合かして1点だけ。もう全然レベルが違ったからさ。本当に必死に頑張って取ったから、ハッキリと覚えてる」
晶也の顔がさらに強張る。あたしの思い出話のどこに晶也がこうなる要素があるのか全然わかんない。もしかしてあの女の子と知り合いとか? あ、考えてみれば晶也はずっと四島なんだから、その可能性は高いかも。もしかして、各務先生? そんなわけないか。あの女の子はあたしと同い年だったのだ。
「許さないぞ」
どん、と心臓が弾んだ。
許さないって……。もしかして、あたしがあの女の子を怒らせてしまったことで、晶也が嫌な思いをした、ということなのかな?
口の中に入った鋭い金属片を吐き出すように、そっ、と慎重にたずねる。
「……何を許さないわけ?」
「みさきがFCをやめることに決まってる」
……え?
予想外の言葉に呆然としてしまった。どういう流れで言われたのか理解できない。
「俺はFCをやめさせないぞ」
「わけわかんないこと言わないで! あたしが決めることで晶也が決めることじゃない!」
「俺が決めないと本当にFCをやめるだろ。みさきにFCをやめられたら……俺は──」
晶也の肩が、ぴくん、と痙攣した。強い感情が晶也の中で暴れてるんだってわかった。
「……晶也、どうしちゃったの? 変だよ?」
「俺は、髪がメンブレンに張り付くような感触や、そこから剥がれて風になびく感触が、好きだったんだ」
「パリパリの薄いチョコチップが入ったアイスを食べる時の感触に似てるよね〜」
空気を軽くしようとしたあたしの無駄な抵抗は無駄な抵抗に終わって──。
「FCの選手だった頃、髪を伸ばしてたんだ。肩の下まであったんだ」
「ふ〜ん、そうだったんだ、晶也が髪を……。ん? ……………………え?」
晶也は決定的な言葉を吐いたんだって気づいた刹那、ビンッ、と全身が痺れた。
わかった。わかってしまった。
今までわからなかったことが、わかった。体が狂う。あたしの意思と関係なく首筋に力が入って顔が固定されて、晶也を見つめることしかできなくなる。関節がゆるくなって膝ががくがくする。心を制御できない。心のどこに、それを置いたらいいのかわからない。
太すぎる針──いや、針なんかじゃない、棒。それを無理矢理、ズブズブお腹に突き入れられたような気がした。気づいたら酸欠の金魚のように、口をぱくぱくしていた。
「昔、見たことのない素人の男の子と試合をしたんだ。そいつは下手だったんだけど、試合をしているうちにどんどん成長して、俺より綺麗に飛ぶようになったんだ。いや、そう見えただけで、俺の方が綺麗だったのは間違いない。でも、少なくとも俺と同じ場所に来そうな飛び方だった。俺が葵さんに何年も教えてもらって到達した場所なのに……」
晶也の言っていることと記憶がリンクしていく。
「今ならわかる。初心者は短い時間でいろんなものを一気に掴むことがあるって。才能のある奴は、そういうことをする。だけど、どんな才能だってなかなか掴めないものがあって……一流の選手はどんな才能でも簡単には掴めないものを掴んだ、さらにその先の場所で戦っているんだ。でも、その頃の俺はそれがわからなかった」
晶也はきっと──いや、間違いなくあたしのことを語っている。
「みんなの過剰な期待がつらかったんだ。プレッシャーで潰れそうだった。そんな時に見たから、ショックだった。目の前が真っ白になって、絶望した。挫折した。自分の数年間を数時間で越えられそうになったんだぞ」
「……あの時、あたしは晶也と試合をしたの?」
「夏休みに、本土から来た、髪の短い、同い年くらいの奴が、FCを、俺とする。これだけ揃ってれば充分だろ」
立っていられるのが不思議なくらい動揺している。心臓と肺が口から飛び出しそうだ。
「女の子だと思い込んでいたから……そんなこと考えもしなかった」
「あの時の髪の短い男の子は……みさきだったんだな」
「あはははは」
口を開けた瞬間、発作的に笑ってしまった。ホラー映画で、恐怖の最中にいるキャラクターが引きつった笑顔を見せるシーンがある。あれって、リアルな表現なんだ。動揺しすぎたら、自然と笑ってしまうんだ。