蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #37
「トーナメントってさ、一回戦が終わったら半分は敗者なんだよ。それって厳しすぎるというか、残酷じゃないかにゃ〜」
「同感だな」
「は〜〜〜〜〜〜〜っ。あたしはな〜んでFCをやってるのかにゃ〜」
「負けたくないからだろ」
「それだけじゃ言い足りないよ。もっと何かあると思うんだけど……」
「……それを知るためにFCをやっているのかもな」
「うぐ〜〜。正論っぽくもあり、詭弁っぽくもある言葉ですな」
「正論にするか詭弁にするかは、俺じゃなくてみさきの問題だろう?」
あたしのこと好きなくせに、そうやって突き放したりするんだから。そういうとこも好きなんだけどさ。
晶也は何気なく窓の外を見た。
「今日は満月なんだな。みさきの姿がよく見えて助かったよ。新月の夜だったら、みさきの姿が見えなくて困っただろうからな。みさきを海に落とさなくてよかった」
あたしは無言で、ずい、と晶也に肩を寄せる。
「こういう時は肩に手を回して抱き寄せたらいいのかな?」
「……許可を取らずにそうしてくれていいんだけど?」
彼女がこうしてるんだから、恥ずかしがらなくてもいいのに……。
晶也は無言であたしの肩に手を回す。
「これからはあたしが抱きしめて欲しそうにしてたら、場所と時を選ばずするように。ちゃんと察してくれなかったら嫌だよ」
「できれば、場所は選びたいな」
「いくじなし」
「常識があるだけだ」
「飛んでる時さ、変な話かもしれないけど、心の奥底を見られているような気がして月が恐かった」
「恐いって感情は大切だぞ。恐さがなかったら試合で無謀な仕掛けを連発しちゃうだろ」
「でも恐いからって、仕掛けなかったら何もできずに終わるよ?」
「いい意味で恐がりじゃないとダメなんだ。アレはフェイントじゃないか? コレは誘いか? そういうことを考えないと強くなれない」
「また頭を使えって話か〜」
「恐怖は強い感情だからな。それを前向きに利用できるなら、利用した方がいい」
「……あたしの試合のやり方って、思いっきりがよすぎるとこあるかな?」
「多少はな。だけど、みさきの得意な超接近戦になったら、恐怖は振り払った方がいいのかもな。……乾は恐がりだと思うよ」
「乾さんが? あんなに圧倒的な雰囲気があるのに?」
「恐がりでないと、あんな戦術は思いつかないし実践できないよ」
言っている意味、なんとなくだけど分かる気がする。
「明日香はどうなのかな?」
「明日香は──。恐い気持ちも楽しいにできる性格なのかもな。恐いから踏み出したい、恐いからその先を見たいって気持ちがあるんじゃないか?」
「なるほどね〜。あたしは逆だ。恐いと逃げ出したくなるもん」
「逃げ出さずにちゃんと背面飛行を手に入れた奴の言うことか?」
「あ、そうか……。あたしにもそういう気持ちがあるってことか。あはっ、そっか。そうなんだ……。自分のことをこんな風に思うのって、ちょっと不思議かもしれない」
「かなりちゃんとしてるよ」
「……あ、ありがとう」
褒められるのって嬉しいけど、少しだけ苦いな。甘い気持ちの中に、期待に応えられるかな、という微かな不安がある。
「あのさ、晶也はもっとギュッとしたらいいと思う」
「はい。これでいいですか〜」
「それでいいですよ〜」
あたしは月を隠すように、窓に手のひらを当てた。
「窓から月を見ているのって、月を窓枠の中に捕まえたってことにならないかな? 月を小さな枠の中に閉じ込めてしまったわけ。これってあたしのやろうとしてる作戦だよね」
乾さんに下から強引に接近して、あたしの距離に閉じ込めてしまう。
「月を相手にできるんだから、相手がどんな選手だとしたって、みさきの距離に閉じ込めてしまえるだろうな」
「……それができるようになるんだったら、晶也はあたしに何をしたっていいから。あたしはちゃんと耐えるから。やるから!」
「わかってる。みさきができるように全力で助けるよ」
「頼りにしてる。行けるとこまでは行ってみたいんだ」
「今のみさきなら、行けると思うよ。間違いなくみさきは強くなる」
「うん。あたしは、強くなる」
その先に何があるのかわかんない。FCで強くなることに何の意味があるのかって、心のどこかで思ってる。寒い冬の日に鉄板を見た時のような、ざらついた気持ちがある。ここまで練習して、まだそんなことを思う自分に呆れる。
だけど……。そういう気持ちがあったとしたって、あたしは強くなりたい! その気持ちに素直でいたいって、今は噛み締めるように思っている。