蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #26
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今日、空を飛んでいるのはあたしだけ。みんなの都合が悪くて、晶也と二人っきりだ。だからって別に甘くなったりしない。というか、いつもより晶也の声が厳しい。
「もっと速く! グラシュの加速能力を限界まで搾り出せ! みさきならまだ出せる!」
今やっているのはスピードの限界を見極めるための練習。限界までスピードを出さなきゃいけないんだからつらいに決まってるんだけど……本当につらい!
「もっと出せるはずだ。行ける、行ける、行ける!」
「くにやぁぁあぁああぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁっ!」
ファイター用のグラシュは体重移動に敏感な作りになっているから、体の中心を意識して、できるだけ左右に同等の力をかけるようにする。スピードが上がるとどうしても左右にぶれそうになる。それを必死に制御しようとすると、首や腰を中心に、関節という関節に負荷がかかって……しんどい! 全部の関節が脱臼しそう。
「つらいだろうけど、ここを乗り越えたら絶対に強くなるぞ。もっと絞り出せ!」
「ふんにゃぁぁあぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!」
なんでこんな練習をしているのかというと、あたしの最高速がどこで、何秒で最高速に達するのか知るためだ。
例えば、20秒逃げれば勝ちという場面で、ブイに向かって逃げるのか? それとも相手の頭を抑えに行くのか? の選択を迫られることがある。そういう時に、あたしの最高速がどこなのかは、判断の大きな基準になる。
「まだ行ける、まだ行ける!」
もうかなり限界までスピードを出しているつもりだけど、晶也はまだ出せるとおっしゃる。あたしはガチガチに体を硬直させる。
「よし休憩!」
「ふは〜〜〜〜〜っ」
全身の力を抜いた瞬間、視界がぐるんと回った。力が右側に偏って斜めに大きく回転してしまったのだ。制御する気力もなかったので、回転しながらあらぬ方向に流れていく。
全身がバキバキで、とにかく動きたくない。
「降りて水を飲んだらどうだ?」
「うあ〜……。降りたいけど、そこまで飛べる気がしな〜い」
「わかった。そっちに水を持って行くから、あんまり流されないようにしろ」
「お菓子も〜。糖分が欲しいと体が呻いてます。あたしのバッグの中に入ってるから」
あたしは全身を脱力させて、真っ青な空を見上げる。
……あ〜。全力で飛ぶ練習が終わっちゃったのか。
始める前は陰鬱な気持ちで、心の底からやりたくないって思うタイプの練習だけど、終わったらもっと続けていたくなる。それはもっと練習をしたい、みたいな前向きな意味じゃなくて──全力で飛んでいる最中は余計なこと考えないでいいから。頭の中が真っ白になる。ダンスゲームをやってる時の気持ちに近い。
……あたしには現実を直視する勇気がまだないのかな?
「お疲れ。まずはドリンクからな」
いつの間にか晶也が隣に浮かんでいた。
「いや、まずはお菓子から!」
「……口の中がカラカラなんじゃないのか?」
「そのくらいであたしのお菓子欲を邪魔することはできないのだ。死ぬがよい!」
「善処します。投げるからちゃんと受け取れよ」
直接、手渡ししたらお互いに反発してしまうので、何かを渡す時は投げるしかない。
晶也が投げたお菓子を胸元で抱えるようにして受け取る。
「うあー食べたかったー。お腹へったー。いひひ〜。今、食べてあげますからねー」
蓋を開けて、細長い焼き菓子にチョコレートをコーティングしたお菓子を口に含む。
「きゃー! 疲れてるからいつもより甘く感じる! この一本のために練習してる。水分が足りないから口の中でもそもそして飲み込みづらいけど、それがまたいいんだよねー」
「マゾい発言だな」
「何をおっしゃいますやら。あたしなんかまだまだだよ。上級者になるとお菓子が喉の奥にへばりつく感触を楽しむらしいからね」
「……それってどういうジャンルの話なんだ?」
「ンンンッ。やっぱり限界! 水!」
あたしは晶也が投げたボトルを受け取って蓋を開ける。
「んくっ、んくんくんく……。ぷは〜〜〜〜。は〜い。お返ししま〜す」
一気に飲み干し、空になったボトルを晶也に投げ返してから遠くの水平線を見つめる。そんなに高く上がったわけじゃないのに砂浜から見るより、ずっと遠くまで見える。
「……何か見えるのか?」
「んー……。UFOが群れで飛んでるなー」
「あー、そっか……」
晶也が適当な返事をする。もちろん水平線のどこにもUFOの姿なんかない。
「UFOにいろんな形があるって知ってた?」
「知らない」
「アダムスキー型とか葉巻型とか。父さんが古いUFOの本を持ってて、それを小さい頃読んだから知ってるんだー。知ってる? UFOって未確認飛行物体だからね。空を飛んでる未確認なものは全部UFOなんだよ〜」
「……そういえばグラシュの技術って宇宙人が地球人に伝えたって都市伝説があるな」
「それは知らなかったなー」
「……………………で、何を言いたいのかそろそろ言えよ」
晶也が痺れを切らしたように言う。もうちょっと話に付き合ってくれてもいいのに……。そこらへんの感情の機微を読み取れるようになってもらうための調教が必要だな〜。
「あたしが言いたいのはUFOが群れをなして来ないかなー、ということなんだけど」
「この話はこれで終わりでいいか?」
「コーチとして彼氏として、取り留めのない会話に付き合う能力が必要だと思いまーす」
「……で、言いたいことは何なんだ?」
「はー、もー。そういうとこ冷たいんだからなー。あのさ……。隕石が落ちてきたらいいのになって思ったことない?」
「……隕石ってマニアに凄い高値で売れるって聞いたことあるよ」
「マジで!? 早く落ちてこないかな、隕石」
「早く本題に入れよ!」
「もう入ってるから! さっきからずっと入ってる」
「UFOと隕石の話がか?」
「UFOが現れてFCなんかやってる場合じゃないってことにならないかなー。もしくは隕石が落ちてきて、軽い骨折レベルの怪我をしたいなー、って思う」
「…………………………………………何を言ってるんだ?」