蒼の彼方のフォーリズム - BLUE HORIZON - #7
「空を飛べばきっと気持ちも晴れますよ。わたしもお付き合いさせていただきますから」
「ああ」
どこか迷子みたいだったセンパイが、思いのほかあっさりと手を伸ばしてくる。
わたしはいつかみさき先輩がしてくださったみたいに、しっかりとその手をつかまえて──
「うわあああぁぁぁあああ!?」
「え……きゃあっ」
意外とごつごつとした手に触れた途端、センパイが手を引っ込めるどころか飛び退いていた。
「え、あれ……真白……?」
「誰と話してるつもりだったんですか、もう。今さら何を……」
センパイがようやくご帰還されたことに内心胸を撫で下ろす一方で、この反応はすっごく失礼じゃないかと目が細くなる。本当に、あの死んだ目で誰に慰めてもらったつもりなんだか。……あ。
「明日香先輩じゃなくて申し訳ございませんでした」
地面に降りて、トゲ付きの謝罪。
「邪推するなよ」
邪推じゃないくせに。
「あ~悪い。少し寝ぼけてたみたいだ」
このわざとらしさ。ここに来て、ようやくセンパイらしさが発揮されてきた。
「ふふ、センパイでも弱気になることなんてあるんですね」
だからわたしはちゃーんと逃がしてあげない。
「ハッ、まるでないな」
「やっぱりFCのことでしたか」
「……会話が繋がってないだろ。俺の話を聞いてたか?」
「センパイが強がる理由なんてFCに関すること以外ないじゃないですか」
「ひどい言い草だ。そんなことないだろ」
「そんなことあります。センパイ、FC部をはじめるまで妙に悟っちゃったみたいな顔でいつも飄々としてて。どうしてみさき先輩がセンパイを気に入ってるのか本当にわからなかったですもん」
嘘じゃなかった。
だから最初、砂浜で仰向けになっているセンパイを見たときにショックを受けたんだ。
どうしてわたしは、この人が落ち込まないって思ってたんだろうって。どんなに辛いことがあっても意に介さず、すぐに解決に向けて動き出すんだって。立っていられないくらい傷つくことなんてないんだろうなって。
──ひどい勘違いをしていたことに気づいたから。
「みさき先輩って勘が鋭いから、もしかしたらセンパイのそういうとこ見抜いてたんでしょうか」
「はは。ないない」
いいえありますよ。きっとあります。気づけなかったのはセンパイのポーズを見たまんま受け止めていた、わたしの食わず嫌いもあったでしょうけど。
……ううん、気づけるきっかけはあったか。
「いっしょに続けたい」
「今度こそ約束を守りたい。真白を勝たせる」
あれは、らしくなく胸にきゅっときたから。
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
「質問によるけどな」
「悩んでいたのはみさき先輩のことですか?」
ほとんど確信していたけど尋ねてみた。センパイの口から聞きたかった。
「…………。どうして?」
「センパイ、みさき先輩の名前を出したときにちょっとさっきみたいな顔をしました」
「さっきみたいとは……ああもうわかった言わないでいい」
直接的ではないにせよ観念したニュアンスだった。
どうしよう。FCに関しては不思議なくらい一生懸命な人だとは思っていたけど、みさき先輩の離脱でここまで落ち込んでいるとは夢にも思わなかった。
……そりゃ、わたしなんかとの約束どころじゃないよね。
約束を守ってくれない、忘れてるなんて勝手に腹を立ててたけど、それ以前の問題だった。わたしにとって優先順位の高いとこにあるものが、必ずしも他の人と同じじゃないなんて当たり前のことで。ほんのちょっとだけ複雑だけど、でもそれが他ならぬみさき先輩のことを思っての結果なら全然許せる。全然。……うん。大丈夫。
だとしたら、ここへ来た動機はまるで違っちゃったけど結論は変わらない。今後センパイがどう動くつもりなのかはわからないけど、わたしはFC部を辞めてみさき先輩のそばについてあげたかった。だけど。
「ん? 言いたいことがあるなら言っていいんだぞ」
「本当は言いたいことがあってセンパイを探していたんです」
「なんだか穏やかじゃないな」
「でも今日はもうやめときます」
「どうして?」
「センパイがそんな調子だからじゃないですか」
これ以上、今のセンパイに追い打ちをかけたくなかった。いや、眼中にないわたしの退部が追い打ちになるのかどうかはわからないけど。
そんなわたしの言葉に、センパイは戸惑ったような困ったような顔を浮かべる。
「なんですか?」
「なんだか真白がやさしいと調子狂うな」
「……センパイ、わたしのこと嫌いなら嫌いってはっきり仰ってください。それなら、みさき先輩も辞めちゃいましたし、わたしも……」
結局、今のセンパイの反応がすべてなのかもしれない。みさき先輩越しにしか見ようとせず、やりとりも疎かにしてたくせに、都合のいい時だけ勝手な夢を見た報い。正しく自業自得。
「覚悟はできてますから」