蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #42
3
開会式が終わり、白瀬さんのブースの側で作戦会議。
部長はぶんぶんと両手を振り回して叫ぶ。
「鳶沢ッ! リラックスしつつ気合を入れて、集中力を高めて全力で根性を見せろよ!」
「あたしにいろいろ望みすぎです!」
白瀬さんはぽんぽんとあたしの肩を叩く。
「はははは、いいじゃないか。そのくらいやってもいい相手だよ。まー、僕から言えるのは練習通りにやればいいってことだ」
「……そのつもりですけど。練習通りにやれば勝てますかね?」
「勝つも負けるも時の運って言うよね? 運で勝敗が変わる場所までみさきちゃんは到達してるよ。間違いなく勝負できる。自分を信じてやりな」
……試合前に選手の気持ちを落とすようなことを言うわけないってわかってるけど、そう言ってもらえるのは嬉しいし自信になる。
「キサマの命は二回戦で、この覆面が奪うのだから、負けたら許さんぞ!」
「はい! 善処します! ひゃう?」
大きく頷くと同時に、ぱん、と晶也があたしの背中を叩いた。
「行くぞ」
いつもより張りのある声だった。ピリピリとした緊張が伝わってくる。
「晶也は気合が入ってるみたいだにゃ〜」
「心配するな。ちゃんと冷静にセコンドをするから」
「信用してる。それじゃ……行く!」
あたしは目を閉じてから、顔を上げた。目を開ける。前の試合の選手と審判が降りて、今は誰もいないフィールドがある。
「とぶにゃん!」
起動キーを口にする。全身をメンブレンが包み込み、ふわり、と浮き上がる。一瞬、上下感覚が狂うような感覚。
──は〜。あたしはなんでFCなんか始めちゃったのかな?
FCと出会えてよかった、という気持ちだってちゃんとあるけどさ〜。
あはっ。
まあ、出会っちゃったんだからしょうがない。心を軋ませてあげますよ!
あたしがファーストブイに向かって飛行を始めた数秒後、視界の隅に人影。あたしを追い抜いて行ったのは、乾さん。
あたしは先にスタート位置に着いた乾さんの横で停止して、軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
乾さんはチラリとあたしを見てから、無表情のままつぶやくように言う。
「……よろしく」
感情のわからない声。元々、無表情なのか、試合中に感情を出すのは不利になるって考えて抑えてるのか……。
──この人が真藤さんに勝ったんだ。
その人が横にいて、あたしはこの人に勝つつもりなんだって考えると、自然と喉が渇いてくる。
ヘッドセットから晶也の声。
「スタートで勝負するわけじゃないんだから、緊張しなくていいぞ。試合が始まれば緊張は消える。作戦通りだ。それで勝てる。……で、隣の乾はどんな感じだ」
あたしは乾さんに聞こえないように声を潜める。
「さっきからずっとセカンドブイを見つめたままだよ」
「口は?」
「動いてない」
「セコンドと会話してないってことは、みさきを警戒してないってことだ。もし警戒しているなら、寸前まで何か喋るはずだからな」
あたしが有利ってことになるんだろうけど、でもそういうので勝つのって少し後ろめたいような気も……深呼吸する。迷うな。試合前に余計な事を考えるな。あたしは、あたしのできることをする。それだけ!
審判があたしと乾さんがしっかり停止しているか確認してから、、セット、と叫んだ。すぐに試合開始を告げるホーンが鳴り響く。
あたしは、ぐっ、と前傾姿勢になってセカンドラインの真ん中あたりを狙ってショートカット。
視界の端で、乾さんがローヨーヨーでセカンドブイに向かうのが見えた。