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「浴衣」/市ノ瀬莉佳

浴衣

晶也「どれからやろうか?」
莉佳「えーっと……まずはこれなんてどうでしょう?」
晶也「手持ち花火か。莉佳、火に気を付けて」
莉佳「はいっ。……わわっ、思ったより火の勢いが強いですね」
晶也「そうだな。じゃあ俺も……」

ピンクや緑の火花が私と晶也さんの周りでキラキラ光る。
どの花火も綺麗で、次は何色だろうと次々に遊んでいるうちに……たくさんあった花火はもう残り少なくなっちゃった。
残るパッケージはもう、ひとつだけ。
久し振りに晶也さんと楽しい時間を過ごせてるのに、終わっちゃうのは寂しいな……。

晶也「最後は……線香花火か。線香花火ってなぜか『締め』って感じがするよな」
莉佳「そうですね。昔、友達とやったときも線香花火は最後でした。いつもどっちの花火が長く残るか勝負したなぁ……」
晶也「俺たちも勝負するか?」
莉佳「……しますか!?」
晶也「ああ。折角の花火なんだし、最後まで楽しまないとな」
莉佳「わかりました! じゃあ、先に火が落ちた方が負けですよ」
晶也「望むところだ」
莉佳「……よーい、スタートです!」

晶也さんと同時に線香花火の先端を火に近付ける。
すぐにパチパチと火花が散り、ふたつの線香花火が私たちの間を照らし始めた。

晶也「……」
莉佳「……」

私も晶也さんも火が落ちないように必死だ。
手元から意識を逸らさず、真剣になって――……

 

莉佳「あーあ。わかってたけど、部活が忙しくて、夏っぽいことできなかったなあ……」
莉佳「花火大会も行けなかったし、もう夏休み終わっちゃうよー」
莉佳「……」
莉佳「あ、そうだ!」

確か、お母さんが花火セットを貰ったって言ってたっけ。
反対側の窓の向こうに人影を確認し、窓をノックする。

晶也「莉佳?」
莉佳「こんばんは、晶也さん。今大丈夫ですか?」
晶也「大丈夫だよ。どうかしたか?」
莉佳「花火セットがひとつだけあって……その、良かったら晶也さんとやりたいなあ、と……」

 

カラカラと窓が閉まる。
……良かった、ちゃんと言えた!

莉佳「……って、安心してる場合じゃない。準備しなくちゃ!」
花火を置いて、クローゼットの中から浴衣を取り出す。
今年は着る機会なかったけど……花火をするなら、変じゃないよね?

 

莉佳(……浴衣、着てきて良かったな)

晶也さんに「可愛い」って言ってもらえたし。
こんな風に綺麗な花火をふたりで静かに見るのも、楽しい。晶也さんもそう思ってくれてたら嬉しいんだけど……。

晶也(うーん……)
晶也(火、まだ落ちそうにないな。莉佳の方は……)
晶也「……」
莉佳「……」

線香花火の火花に照らされて、晶也さんの顔がさっきまでよりもよく見える。

莉佳「ふふ。綺麗ですね、晶也さん」
晶也「そうだな。……でも、莉佳の方が……」
莉佳「えっ……」

晶也さんがじーっと私を見つめる。
花火がパチパチと爆ぜる音と波の音が混ざる中、私はまばたきもできなかった。

晶也「莉佳……」
莉佳「ま、晶也さ……」

晶也さんは名前を呼びながら、私の手に自分の手を重ねる。
ぎゅっと握られた手が引かれて、顔が近付いて……そのまま、体が晶也さんの方に倒れかけて……

莉佳「あっ!」
晶也「えっ!?」

ポトリ。
晶也さんが持っていた線香花火の先端が砂浜の上に転がったのに気付いて、思わず声を上げてしまう。

莉佳「わ、私の勝ちですね!」

慌ててそう言ってごまかす。
晶也さんから離れた勢いで私の線香花火も落ちちゃったけど、今はそれどころじゃない。

晶也「うーん、いけると思ったんだけど、莉佳の方が強かったな!」
莉佳「そうですっ。負けていられませんから!」
晶也「ははっ……」
莉佳「えへへ……」
晶也「……」
莉佳「……」
晶也「……そ、そろそろ片付けようか。莉佳、時間大丈夫か?」
莉佳「は、はい。まだ平気です」
晶也「じゃあ……えっと、片付けたら、ちょっと散歩する? 折角浴衣なんだし、これで終わりじゃ勿体ないかと思ってさ」
莉佳「大丈夫、です。晶也さんと……その、もう少し一緒にいたいです」
晶也「……そっか。じゃあ、早く片付けちゃおう」
莉佳「はいっ」

晶也さんがバケツを持ち上げる。
私も浴衣の裾に付いた砂を払ってから、持ってきた袋を手に取った。