蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - エピローグ
晶也は店頭にあるぬいぐるみのクレーンゲームを不安そうに見る。
「もしかして、またシトーくんを取らせるつもりか?」
「もうシトーくんを取る必要はないよ。あたしの部屋で勝手に増殖してるからさ」
「恐ろしいことを言うな」
「呪われてるんだよ……。晶也が呪われるのも時間の問題だから覚悟して」
「だから、恐ろしいことを言うなって!」
「まー、今日の目的はシトーくんじゃありませんからにゃ〜。行こう」
ゲームセンターに入る。夏の間、肌寒いくらいだったけど、今は適温。夏の方が温度が低いって不自然じゃないかな?
あたしは行進するみたいに両手を大きく振り、先頭に立って奥へと進んでいく。
店の一番奥にある筐体は、矢印が書いてある4枚のパネルを踏む古いダンスゲームだ。夏休みが始まった頃、どうしようもない気持ちから逃げ出すために、必死にプレイしていたのだ。でも、最近は全然プレイしてない。
「もうこのゲームはやらないのかと思ってたぞ」
「あたし、そんなこと言ってないでしょ?」
パネルを囲む手すりを軽く握った。
「あたしさ、晶也に助けてもらったじゃない?」
「助かったのは、みさきが努力したからだよ」
「そういう甘い話をしたいわけじゃないから。あたしを助けてくれたのは晶也。でもね、このゲームにもあたしは助けてもらったんだ」
「……どういう意味だ?」
「一番つらくて苦しくて何をしたらいいのかわからない時、その気持ちをこのゲームに叩きつけてたんだ。その時の気持ちを思い出しちゃいそうだから、この筐体を見たくないし、音楽を聴いたら目眩がするかもしれないし、ダンスを始めたら吐くかも」
「どうしてここに来たのか全然わかんないんぞ」
「いや〜、んー……。なんか申し訳ない気がしてさ。このゲームに助けてもらったのに、嫌な思い出ばっかり押し付けちゃったから。そういう気持ちを克服した今なら、ちゃんと楽しいって気持ちでプレイできるんじゃないかと思って……」
現実逃避的な楽しいじゃなくて、普通に楽しいって思いたいのだ。そうなることが、このゲームにお礼を言うことになるんじゃないかなって。そういう気持ちをちゃんと整理しておきたいんだ。
「それに、あの時のあたしをここに置き去りにしてるような気持ちがあるんだよね。もう前を見て歩けるんだって、教えてあげたいんだ。昔の自分にそんなこと言っても無意味なんだけど……。それでも伝えたいんだよね。この気持ちは説明しづらいな」
「みさきはそういうこと考える性格だよな」
感心と呆れを混ぜた声で言う。
「あたしはそういうこと考える性格なんです」
コインを投入すると、スピーカーから聞きなれた重いベース音が響き、どくん、と心臓が弾んだ。うあ……。やっぱりあの頃の気持ちが蘇ってくる。嫉妬と恐怖で心がぐちゃぐちゃで、逃げ出したいのにどうやって逃げたらいいのかわかんなかった頃の気持ち。
それに耐えながら、ペタペタとパネルを踏む。ちょっとブランクがあるとはいえ、やっぱりEXPERTモードを選ばないと意味ないよね。
内臓を叩くみたいに鳴り響くドラムとベース。モニターの上部から矢印が降りてくる。
パネルを踏む。体が覚えてる。
……嫉妬が消えたわけじゃないんだ。綺麗なあたしになったわけじゃないんだ。たまたま勝てたけど次やったら明日香に勝てるかわからない。きっと、明日香の方が強いと思うし、乾さんの方があたしより間違いなく強い。
強いとか弱いとか、勝ちたいとか負けたくないとか……。そういうのから離れたかったのに、あたしはそういう場所に戻ってる。
激しくステップを踏む。
なんで、あたしはFCをやってるのかな? 今でもそれはわかんない。
わかってはいるのかもしれないけど、言葉にするのが難しい。
だけど……前に進んでるって気持ちがあるから。
その気持ちがあたしは好きなんだと思う。
進む。
前に進むんだ。
それしか答えがないわけじゃないんだと思う。いろんな答えがあると思うし、逃げ出そうとしたあたしだって間違ってなかったのかもしれない。
でもね。あたしは、今のあたしが好きなんだ。
そういう気持ち、わかってくれるよね?
あたしはそうするって、決めたから!
「イェイ!」
そんなにテンションが上がってるわけじゃないけど無理して叫んで、激しくステップを踏み続けた。
ゲームオーバーの文字を見て、あたしはパネルから降りた。
「やっぱり、前よりちょっと下手になってる」
「そうかもな。前の鬼気迫る雰囲気がなくなってたぞ」
「あれはあの時のあたしにしかできないステップですからにゃ〜。んじゃ、次は二人プレイをしようよ」
「え? 俺はこのゲームしたことないぞ。みさきの邪魔になるだろ」
「大丈夫、大丈夫。ゲームの難易度はそれぞれ変えることができるから。このゲームが面白いって晶也にもわかって欲しいんだよね〜」
「わかった。やってみるよ」
誰かと一緒にプレイするなんて、あの時は考えたことなかったな。
コインを投入。ドン、と低いベース音。
「……晶也、これからちゃんと助けてあげるから今日はあたしにちゃんと付き合ってね」
「言われなくても付き合うよ」
全力でこのゲームをやって、また頭が真っ白になったら、どういう光景が浮かび上がってくるんだろう?
──あたしと晶也が試合をしている光景だったらいいな。
そういう未来をちゃんと描けたら素敵だ。
晶也をいつか届けてみせるんだ。
「今日だけじゃなくて、これからもちゃんと付き合ってね。あたし、晶也のためならなんでもするつもりなんだから」
「俺だってみさきの為ならなんだってするつもりだよ」
胸が熱くて甘い。
「それじゃ、晶也もEXPERTモードね! 失敗したらジュースをごちそうするように」
「初心者なんだから無理に決まってるだろ! なんだってするけど、そこにつけこもうとするな!」
あたしは大きな声で笑いながらパネルを踏んで操作する。
晶也と試合できる未来が早く来ますように。
そう願いながらパネルを踏んだ。
この願いが叶えば、このゲームをいつまでも楽しい気持ちでできるって思ったんだ。
FIN