蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #40
第四章・届く心。青い空とあたしの心臓。継続。
1
空を仰いでフィールドを見上げる。
「……はー。いよいよかー」
秋の大会が終わるまでは、明日香や真白とは別行動ということになったので、あたしの隣にいるのは晶也だけ。覆面選手とはあとから合流する予定。
──トーナメントだから、いきなり明日香や真白と当たる可能性があるんだよね。というか、もし勝ち進むことができれば、どこかで明日香と当たる可能性は高い。
教室では明日香と普通に話しているけど、試合当日はあまり会いたくない。きっと、気持ちがかき乱される。晶也はそういうことを考えて、別行動にしてくれたんだと思う。
それなのにあたしは見えない明日香を意識してる。
気持ちを切り替えようと、ため息をつきながら会場を見回す。
秋の大会は新人戦なので、夏の大会に比べると参加選手は少ない。だけど、地元のケーブルテレビ局も来ているし、観客もそれなりに多い。四島のFCのレベルが日本一なのは知れ渡っているので、海を渡って見に来る人も多いそうだ。
うあ。……そわそわしてきた。もう覚悟はできてるつもりだったのに、なんだか足の裏の感覚が遠い。緊張してるな、あたし。逃げたいな。逃げちゃダメかな?
「……水平線の向こうから怪獣登場で大会中止にならないかな?」
「まだそんなこと言ってるのかよ!」
「しょうがないじゃない! 恐いんだから!」
「……まっ、恐いって言えるだけマシか。みさきには余裕があるってことだろ」
「いやいや、余裕なんか全然ないって! その言い方、釈然としないな〜」
「釈然としなくても怪獣も隕石もUFOも出現しない。トーナメント表を見てこようぜ」
「あ〜〜〜! 緊張するなーもう! 当日発表のシステムはどうにかならないの? 事前発表なら心の準備だってできるのに!」
「俺に言ってもしょうがないだろ、行くぞ」
「行きたくないなー! 晶也が勝手に見てくればいいじゃない。そうだ、そうしよう!」
「俺だけが見たって意味ないだろ! いいから行くぞ」
「嫌な予感がする。とっても嫌な予感がする」
誰だって同じ様な気持ちになるのかもしれないけどさー。本当に嫌な予感がする。もう絶対に見ない方がいいってわかってるのに見なきゃいけないって、どういうこと? やめようよ、こういうこと! 見ないで帰ろうよ!
……え?
トーナメント表を掲示している本部テントの側で、ばったり出会った市ノ瀬ちゃんが、口を丸くしてあたしを見ていた。
その様子はもしかしてあれですか? 夏の大会に続いて一回戦の相手は……。
「……大変なことになりましたね」
市ノ瀬ちゃんが、そろり、と言った。
「市ノ瀬ちゃんが一回戦の相手なの!? トーナメント表を作った人は真面目にやってるの? 前回のを流用してるんじゃないの?」
「ち、違います。トーナメント表をまだ見てないんですか?」
「う、うん。見てないんだけど……」
あたしが言うと、市ノ瀬ちゃんは気まずそうに顔を伏せた。
あたしは晶也の袖をぐいぐいと引く。
「うわ〜〜、凄く見たくなくなってきた。……帰る? 見ずに帰ろうか?」
「帰宅なんて選択肢はない。いいから見ようぜ」
「どうして晶也はそんなに平然としてるの?」
「いいから見るぞ、ほら」
「わ、わわ! ちょ、ちょっと待って! 心の準備が!」
晶也があたしの手首を握って、トーナメント表の前までぐいぐい強引に引っ張る。
「えーっと、鳶沢みさき、鳶沢みさきは……と」
「探すなー! 探すなー! 無理! 家に帰ってお布団に入って眠りたい! だから探しちゃダメだってば! 帰りゅ!」
「帰りゅじゃねーよ! いいからほら、みさきも探すんだ」
せかされて、トーナメント表に目を向けた瞬間、
「ギァァァャ、ンッ!!」
悲鳴が絶句に変わった。目の前が真っ暗になる。こんなの、信じられない!
「いきなり見つけたのか。どこだ?」
あたしは無言で、指さす。
「ふ〜ん。……なるほどね」
常軌を逸した冷静な声だった。
「ま、ま、ま、ま、ま、ま、晶也さん? なぜそんなに冷静でございますか? ショックのあまり頭がおかしくなったですか?」
「おかしくなってるのは俺じゃなくてみさきだろ」
その声も冷静。とんでもなさすぎる現実に頭がおかしくなってしまったに違いない。
「こんな運が悪いことってある? ありえない! マジありえない!」
あたしの一回戦の相手の名前は──乾沙希。
「いや超幸運だろ」
「超サディストが現れた!」
晶也はあたしの肩をぽんぽんと気安く叩く。
「落ち着いて聞け。一回戦でやるということは、何も見せない状態で乾とできるってことだ。それはみさきが圧倒的に有利だろ」
「……た、確かにそうかもしれないけど。でも一回戦負けの可能性が高くなった」
「どこかで乾と当たるんだ。二回戦で負けようが、三回戦で負けようが変わりない。やるなら早い方がいい」
言われてみればそうかもしれない。もし勝ち進むことができれば、どうせどこかで当たるんだ。どうせ当たるなら、スタミナをロスしていない一回戦がいい。……理屈ではそうだけど……そうだけど。ほら、でも……。何か凄いミスをして乾さんがどこかで負けちゃうとか、そういう幸運があるかもしれないじゃない。
「乾と明日香には必ずどこかで当たるんだ。だったらこっちの手の内を完璧に隠した状態の一回戦がいい。勝つ可能性が高いのはここだ」
「言っている意味はわかるけどさ……」
「意味がわかるんだったら、あとはみさきが納得するだけだ」
あたしが納得するだけ。まー……確かにね。この現実が変わるわけがないんだ。だったら、ここで夏休みの間にやってきた全部を出すしかない。
「……そっか。ふーん。はー。ふむふむ、だね」
深呼吸して、強張っていた肩から無理矢理、力を抜く。もう一回、深呼吸。
いいじゃない。後回しにするほど恐怖は増していくんだ。だったら最初の方がいい。力を抜こう。晶也の言う通りだ。やるなら、ここがいい。
「そういえばシトーくんで初めて練習した日のこと覚えてる?」
「何か思い出したか?」
「二人で乾さんの胸をさわるって話をした」
「覚えてない!」
「晶也から行ってよね」
「無茶なこと言うな!」
晶也がそのくらい無茶をしてくれればかなりリラックスできると思うけど、まー本当にやったら追放だよね。セクハラに厳しいご時世ですし。
「この幸運で確信できただろう。今日はみさきの日だよ」
「──それってあたしが勝つということだよね」
「当たり前だ」
あっさりと晶也は言い放った。そっか、晶也はあたしを信じてるんだ。だったら……あたしもそれに応えるしかない。
逃げずに乾さんと試合をする。そこで全部出す! あたしができるのはそれだけだ。
市ノ瀬ちゃんが呆然とあたしを見つめていた。
「どうかしました?」
「……鳶沢さん、恐い顔になってます。さっきとは別人みたい」
「え? そう? そうかな? そんなことないと思うけど……」
「とても恐いです……。凄いですね。相手が乾選手なのにそんな顔できるなんて」
「ん〜。それのどこが凄いことなのかな? 真剣に試合するんだから、そういう顔になっちゃうのは普通でしょ?」
「普通じゃありませんよ。夏の大会で真藤先輩を倒して、全国大会で優勝した相手です。私は立ち向かえる気さえしません。鳶沢さんは勝てるんですか?」
「市ノ瀬ちゃんだってこうなっちゃったら開き直って、勝つつもりでやるはずだよ」
「それはわかりませんけど……。応援してますから、がんばってくださいね」
「ありがと」
頭を下げてから去っていく。
「……あの様子だと、伸び悩んでるのかな?」
「さあ、な。愚直な性格だから、壁にぶつかったら長引きそうだけど……」
「……さて、他のみんなはどうかな。えーっと、明日香は別ブロックか」
「真白も別ブロックだな」
「ふーん。乾さんを超えたらこっち側で恐いのは、我如古選手くらいかな?」
マグロちゃんと仲のいい怪しいお姉さまは強豪選手だ。
「覆面選手が同じブロックだ。というか勝ち進めば二回戦でもう当たる」
「それは死ぬほどやりづらい! 負けろと命令されたら負けてしまいそうだ……」
「そう言われて負けるのはみさきの自由だよ」
「うにゃ〜。バカなこと言ってるんじゃねーと叱ってよ!」
「負ける気の選手の背中を叩いたって無意味だろ」
あたしは太い鼻息を吐き出す。
「決勝まで行く! ──そこでは明日香が待ってるかな? もし、そうなったら、あたしはどんなこと考えてるのかな」
「その時まで待ってろ。今日の夕方には経験できるよ」
「できるかな? 本当にできると思ってる?」
「できるよ。今日はみさきの日なんだからな」
あたしを真っ直ぐに見つめて言ってから、軽い感じに声色を変えて、
「夏の大会と同じく今日も白瀬さんがブースを出してる。部長と覆面選手もそこにいるから、行こう」