蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #14
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「ラストだ! 最後まで力を抜くな! 腕を振れ! もっと強く!」
「でりゃあああああぁぁぁぁあぁぁぁっ!」
叫びながらラストの1本を走る。声を出して必死にならないともう走れない。厳しすぎる! 全身が無理だって言っているのに、膝を高く上げて走るとか限りなく拷問に近い。
あたしは仰向けに倒れて、肩と胸とお腹の力を使って呼吸をする。
「ひうっ、はあっはあっ! んっ! 死ねる。マジで死ねます。これから死にます!」
「よくがんばったぞ。手首を貸して。脈拍を測るから」
あたしは横にひざまずいた晶也に腕を伸ばす。
「はあ、はあ、はあ、なに? あたしの心臓に興味あるわけ? どういう変態?」
「どういう変態でもない。心拍数を数えるんだ」
あたしの手首の脈に親指を当てると、スマホのストップウォッチで脈拍を測る。
「はっ、はっ、はっ、はっ……。あたしのドキドキを感じると晶也もドキドキする?」
「しない。なぜ俺を不思議な性癖の持ち主にしようとする?」
「今後、凄いことを求められるかもしれないから、覚悟を決めておこうかなー、と」
「よし」
「こ、このタイミングで、よし? へ、へ、へ、変なことを言うつもり?」
晶也はあたしの手首から手を放す。
「言わない。脈拍を測り終えたのよしだ。これで今日の練習終わり」
練習がこれで終わり? まだそんなに時間がたってないのに? ちょ、ちょっと!
「もっと走らせてよ! 地面にぐったり倒れて、感情のない目で晶也を呆然と見上げるくらいの目にあわないと特訓した気にならないよ」
「やる気があるのはいいけど、そこまで選手を追い詰めたらコーチ失格だ」
あたしは砂をまき散らしながら、素早く立ち上がる。
「これでお終いなんて納得できない。もっとできる!」
「予定の数はこなしたから、これ以上は逆効果。すればするほどいいってもんじゃない。オーバーワークって言葉は知ってるだろ? 運動すると筋肉って弱るんだよ」
「え? じゃ、練習しない方がいいの?」
「違う。運動すると筋肉は衰えるけど、回復する時に前より強くなってるんだ。練習し過ぎると回復が間に合わない。適度に疲れさせて、適度に回復させてやるのが効果的だ」
「頭がおかしくなりそうな長時間、練習するのかと思ってた。倒れたら水をかけられたりさ。ちょっと拍子抜けかも」
「そんな前時代的な練習はしない。……でも、することはあるかもしれないけどな」
え? そういうのを期待してたけど、いざ言われると恐い。
「あははは……。するかもしれないんだ?」
「それは俺が決めることじゃなくて、みさきが決めることだ。上手になるというのはどれだけ多くの、コツ、みたいのを掴むかなんだ。精神論になるけど、倒れるまで練習してようやく掴めるコツがあると思うんだ……。もしかしたら、ないかもしれないけどな」
「……どういうこと?」
「あるかないかはわからないけど、本当に強い人ってそういう経験してることが多いから、あるのかもしれない。FCへのいろんな想いが体を突き上げて、じっとしていられなくて、オーバーワークだとわかっていても飛ばずにいられない時ってあるんだ」
やけに実感のこもった口調。晶也にもそういうことがあったのかな?
「気にしなくていいぞ。体に悪いだけでしたーという結果になる可能性も高いしな」
今がそういう気持ちといえばそういう気持ちなんだけどなー。そういう衝動って、こんなもんじゃないってことなのかな?
「で、今日はこれからどうするの? 解散? それとも空を飛ぶ練習もしちゃう?」
「しちゃわない。これからは、みさきの頭を鍛える時間だ」
「頭? し、失礼な! あたしはテストで赤点を取ったりしてないんですけど?」
「学力を鍛えろって言ってるわけじゃないって。FC頭を鍛えろって言ってるんだ」
「FC頭……。どうやって鍛えるの?」
「え〜っと、どっか人のいない目立たない場所で話をしたいんだけどな」
「ひ、人のいない場所にあたしを連れ込んで何をしようっていうんですかぁ!」
「人前だと恥ずかしいことだ。言っておくけどみさきが期待してるようなことじゃない」
「あたしが何を期待してるっていうんですかぁ!?」
互いに何気なく冗談で言ってるけど、これって結構際どい会話なんじゃないかな?
「……んじゃ、あたしの部屋は? この時間ならおばあちゃんは庭の畑やってて家の中にいないから、気兼ねなくどうぞ」
「じゃ、おじゃまさせてもらおうかな。俺がしたいのはこれを使ったことだ」
足元に転がっていたリュックの中から人形を引っ張り出した。それは、ゲーセンのクレーンゲームの中にいた四島のマスコットキャラクター、シトーくんのぬいぐるみだった。