蒼の彼方のフォーリズム - Fly me to your sky - #32
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背面飛行をするあたしの横を覆面選手が落下していく。下から背中を取ろうとする動きだ。あたしが反転して向き合おうとした瞬間、覆面選手がすれ違いざまに腕を振った。
「んにゃっ!」
背中に衝撃が走り抜けて悲鳴を上げてしまった。全然、対応できなかった。しかも、接触の反動で、バランスが完全に崩れ、背中を覆面選手に見せた状態で、上昇してしまう。
ちょ、ちょ、ちょ、ちょ!
バランスを取り戻すために両手両足を広げるけど、こんなんじゃ間に合わない。
「わっはははははは!」
覆面選手が笑いながら、無防備なあたしの背中をもう一度、突き上げる。
「ふんにっ!」
「わっはははははは!」
やられたい放題だった。超一方的な展開。なすすべナシをこれほど体現したのって生まれて初めてかもしれない。もう滅茶苦茶だ。
晶也の声がヘッドセットに響く。
「二人とも降りてきてくれ」
降りたあたしを出迎えた晶也は心配そうな顔をしていた。
「感想は?」
「視界に覆面選手が入っているから、そういう意味では試合をしやすかったね〜」
「それはかなりのメリットだな」
「でも、今のとこよかったのはそのくらいかな〜」
「まあ、メリットだらけだったらあんな光景にはならないか。デメリットは?」
「恐い。背中が空と背中が海じゃ圧迫感が違う。常に海に落ちそうな気がする。あと高さがわかりづらい」
「高さが? それはどういうことだ?」
「普通に飛んでいれば、軽く首を動かすだけでここの砂浜も見えるし、遠くの景色も見えるじゃない。そういうのをちゃんと見て飛行してるわけじゃないけどさ、無意識のうちに見て高さを把握してたんだと思う」
「背面飛行をしていると見えないのか?」
「見えない見えない。空しか見えない。全身で反り返ったり、首を思いっきり曲げたり、そういう不自然な動きをしないと高さを把握するのは無理」
横で話を聞いていた白瀬さんが考え込みながら、
「上下の距離感が把握しづらいってことだね。前後はどうかな?」
「基本的にブイは見えるけど、見えなくなる角度が通常飛行より大きい気がします」
部長が晶也の肩をぽんぽんと叩く。
「でもその問題はセコンドの日向の指示でどうとでもなることじゃないのか?」
「そうかもしれないですけど……。やっぱりわからないのは不安です。それに距離が掴めないと、ドッグファイトが上手くできないかもしれないですしね〜」
「……確かにな。他に気になったのは?」
「やっぱり姿勢かな〜。体が窮屈な気がして、覆面さんの反応に一瞬、遅れてしまう」
「ふふふっ。覆面の実力がキサマより上なだけだとしたら?」
「いつか勝てるように善処します……」
部長は肩に力を入れて、あたしと晶也を交互に見た。
「で、日向と鳶沢はどうするつもりだ? もし、秋の大会で乾に勝つつもりなら、今からこの作戦の練習を始めても遅いくらいだろ?」
白瀬さんが続けて言う。
「背面飛行を試してみるか、他の作戦を考えてみるか……。それとも秋の大会はいろいろあきらめるか……。決断するのはそんなとこかな?」
「……背面飛行に試す価値はあると思います。だけど決断するのはみさきです」
「あたしがどう答えるのか知ってるのに、そういうこと言うのっていやらしい」
「いやらしいって何がだよ」
「あたしが断るわけないって知ってるくせに、あたしに決めさせるとこがいやらしいって言ってるの」
今から新しい作戦を考えるより、これを試した方がいいと思う。
「じゃ、その方向で行ってみようか。練習内容も新しく考えないとね」
明るい笑みを浮かべて白瀬さんが言って、みんなが頷く。
あたしは晶也の胸の真ん中を手のひらで押した。
「今はうまくいかなかったけどさ……。あたし、ドキドキしてる!」
「ドキドキ?」
「だって、新しいことが始まるんだから! あたし達が始めるんだよ! 凄くない?」
「凄いな。うん、凄い……。これからみなさんよろしくお願いします!!」
晶也がやけに力のこもった声で言った。なんだかそれが変なタイミングだったので、みんなこらえ切れずに大きな声で笑った。こんなことで、爆笑が起こるなんてありえないけど、みんな……興奮してるんだと思う。
できる。きっと、できる! あたし……がんばろう!