蒼の彼方のフォーリズム - BLUE HORIZON - #5
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センパイを信じようと決めた夜から数日。
わたしは反転して、不信の塊になっていた。
「よーし、ふたりともよく頑張った。今日の練習はここまでにしよう」
「はぁ、はぁ……」
大会以降、一層厳しくなった練習メニューに息を乱しながらセンパイを見る。
「はぁっ……はぁ……ま、晶也さ……ぶ、ぶちょ、鬼です~」
「窓果、クールダウン手伝ってやってくれ」
「はいは~い部長、お任せください部長、部長!」
「……ふたりして突然部長呼ばわりしてきてるけど、新手の嫌がらせか? ふさわしくないってことか? いや、でも明日香はそんな陰険なことしないよな」
先輩方三人の掛け合いを横目に、わたしは掛けてあったタオルで汗を拭き、着替えるため早々に部室へと引っ込む。
わたしには決めてあることがあった。それは今日もセンパイに動きがないようならば、もう約束は諦めるということだ。
何もすぐに全部を丸く収めてほしいとまでは思っていない。それでもみさき先輩を思いやる姿を見せてほしかった。──わたしとの約束を守ろうとしてほしかった。
元々やきもきしていたけれど、信じてしまったから余計につらかった。嬉しかったからもっともっと耐えられなくなった。どうしてこんなに辛いのか自分でもわからなかった。
確かなことは、センパイが応えようとしてくれなかったこと。
「じゃ、俺は先に行くからあとは頼む」
制服に着替えて外に出ると、早々に明日香先輩や窓果先輩とのじゃれ合いを切り上げたセンパイが、ちょうど帰るところだった。最近ではおなじみの、練習メニューを考えるので忙しい俺的な切り上げ方。何もしてないくせに。……何もしてくれないくせに。
「決まり、かな」
停留所から飛び去るセンパイをどこかさみしい気持ちで見送ったわたしは、まだ楽しそうに何事か話している明日香先輩と窓果先輩に声を掛けた。
「あ、真白ちゃんおつかれさまです~」
「その……今までありがとうございました」
振り向いたおふたりの視線を振り切るように頭を下げる。
「え、真白ちゃん……?」
「決めたんだ……そっか。辞めちゃうか」
「はい。自分なりによく考えてみた結論です。やっぱり、自分が教えてる相手を大事にしない人には、ちょっとついていけないです」
「みさきのことは……そうだね。たしかに説得も追いすがりもしないのは日向くんらしくない気はするかな」
「晶也さんなりに理由があると思いますけど……。真白ちゃん、信じられないですか?」
「わたし、それほどセンパイのこと知らないですから」
正直、まだセンパイを信じ続けられる明日香先輩が羨ましかった。立ち位置の違いは当然あったにしても、きっとそれだけのものが二人の間にはあるのだろうから。ろくにコミュニケーションを取ろうともしなかったわたしとは大きく違う。
「多少はそんな気持ちもあったかもしれませんけど……もう」
先輩のおふたりはわたしの話を聞いて、
「やっぱり信じてたんですね」
「素直になれないタイプだよねー」
「過去の話ですから!」
見切りをつけたって話なのに、どうしていいとこ見つけたみたいに言うんだろ。
変で、おかしくて、やさしくて、あったかな先輩方。だからこんなに悩むことになっちゃったんだろうな。
「プレイヤーは辞めても、おふたりや部活のことはみさき先輩と手伝わせていただきたいです」
ただし今となっては例外もいるわけで。
「晶也センパイと絶交……なんてことにならなければですけど」
「ええっ?」
「それでは失礼します。センパイを探さなきゃいけませんから」
「できるだけ穏便にねー」
「約束できかねます。それでは!」
わたしは停留所から空へ舞い上がる。
今のセンパイを前に自分が何を言ってしまうのか、何をしでかすのか自信がなかった。