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生成AIアプリケーションのテスト観点基盤モデル:T2T(Text to Text)

現在、生成AI(LLMアプリケーション)の評価ツールに含まれている評価メトリクスや、OWASP top10、などの情報に基づいて「テキスト生成」(T2T)系の生成AIアプリケーションのテストを考えるうえで基盤となるテスト観点基盤モデルを考えてみました。

一つ前の記事でAIシステムの製品品質モデルを紹介しました。品質モデルは製品それ自体、あるいは製品が利用されるときの価値の属性に焦点を当てているため、それをどのようにテストで評価するのか発想しにくい側面があります。

本記事では、より実際の生成AIアプリケーションに期待される汎用的な価値、備わっているべき属性に寄せて、具体的なテスト手法と結びつけやすい、テスト観点のベース(基盤モデル)を構造化して示します。

生成AIアプリケーションに対するテスト観点基盤モデルの提示

生成AIアプリケーションのテスト観点基盤モデル:T2T

テキスト生成系の生成AIアプリケーションの代表例はチャットボットですが、他にも、RAGを利用したナレッジベース、リサーチエージェント、コード生成など、ユーザのテキストによる入力(指示)に従ってテキストを生成する種類のアプリケーションを考えると非常に多岐にわたります。
(入出力が音声であっても、内部的にテキストで処理されている場合は同様に扱うことが可能かもしれません)

テスト観点基盤モデルとは

テストの要求分析、および基本設計で検討される各種項目のうち「どんなテストを行えばよいか」を考えるベースになるものです。

各種項目のその他の検討事項には、例えば、そもそもテスト対象、および周辺環境の理解、どんな優先度で、どれぐらいの厚みで、どんな順番で、どんなテストレベルで、など、多数あります

ベースと言っているのは、このベースモデルに基づいて、個別のアプリケーションに対してモデルのインスタンスを考案する必要があるから、です。

例えば、生成テキスト、配下にある「テキストの関連性」は、ユーザとの1ターンのやりとりにおける関連性を指し「文脈的関連性」は、ユーザとシステムのやり取りの履歴等、コンテキストを含んだ関連性を示します。もし、アプリケーションがユーザとのやり取りに複数ターンを想定しない場合は(このモデルにおいては)「文脈的関連性」の優先度は限りなく低くなるか、あるいは破棄されます。もう一つ考えてみましょう。「テキストの正確性」はどんなタスクにおいても重要であると考えがちですが 例えば、正確性を計測するために欠かせない”Ground Truth"(=グランドトゥルース=「本当の答え」や「現実世界での正しい情報」) が想定できない、詩や物語を生成することを目的とするアプリケーションでは、表現としての評価は行えても、「正確性」を評価することは難しいです。

このように、個別のアプリケーションのもつタスクやその性質によって、このベースモデルのうち、どれをどのように採用するかはそれぞれに考える必要があります。 それでも、まったくゼロから考え出すよりは、効率的、網羅的な成果が期待できる点、がこのベースモデルの価値です。

テスト観点基盤モデルの解説

生成テキスト

「生成テキスト」は、ユーザに提示される出力内容をどのように評価し、どのようなリスクを検討するかをまとめた観点群です。それぞれの子要素について簡単に解説します。ツールの観点を参考にしているため、多くのツールでこれらの観点に基づくテスト(メトリクス評価)のアプローチをサポートしています。

テキストの関連性
ユーザの入力(1ターンのやりとり)に対して、どの程度適切かつ妥当な応答になっているかを評価します。例としては、入力に対して全く無関係な応答をしていないか、回答の論点がずれていないか、などをチェックします。

テキストの正確性
出力された情報が、事実や正解にどの程度合致しているかを評価します。ただし、前述のとおり、詩や物語のように「正解」を厳密に定義できないケース(グランドトゥルースを設定しにくいケース)では、正確性そのものの評価が難しく、文芸的な評価指標に置き換えるなどの工夫が必要となります。

文脈的関連性
ユーザとシステムのやり取りが複数ターン続く場合に、過去のやり取り(履歴やコンテキスト)を適切に反映した応答になっているかを評価します。こちらも前述の通り、もしアプリケーションが単発のやり取りのみを想定しているのであれば、この文脈的関連性はあまり重視されず、テストの優先度も下がる、あるいは破棄して構わないという判断になります。

ハルシネーション(幻覚)
大規模言語モデル(LLM)による生成物では、元の学習データには存在しない「存在しない情報」をあたかも正確な事実のように出力する現象がしばしば起こります。これを抑制・検知するための仕組み(追加のファクトチェック手法や、モデルの内部状態の監視など)を考慮し、テストとしても「どのような質問や状況でハルシネーションが起きやすいか」を調べる必要があります。また、このノードはセキュリティのLLM09と青い線で繋がっていますが、これはほぼ同じ関心ごとを指すため、です。

これらの子要素はアプリケーションの特性に合わせて取捨選択し、必要に応じて評価基準やテスト方法を細かく定義していきます。

セキュリティ

生成AIアプリケーションを運用する際は、伝統的なWebアプリケーションと同様に、セキュリティリスクへの対策や評価が不可欠です。とくに近年はLLMに特有の攻撃手法や脆弱性が議論されており、これらをふまえたテスト観点が必要になります。

  • OWASP for 2025
    従来のWebアプリケーションの脆弱性検査指針を提示してきたOWASPが、AIやLLMを含む新しいテクノロジーに対応するためのガイドラインを策定する動きが進んでいます。テスト分析、基本設計では、これらのガイドラインの内容をキャッチアップし、必要に応じて組み込むことが考えられます。

これらは今後ますます洗練されると考えられるため、セキュリティテストの計画時には常に最新の脅威やガイドラインを参照し、アプリケーションの運用形態に応じた対策を検討する必要があります。

タスク固有の指標

生成AIアプリケーションは、その目的や機能によって評価すべき指標が大きく変わります。たとえば、以下のようにタスクごとに異なる評価基準が想定されます。

  • 要約タスク

    • サマリーの網羅性や簡潔さ、元情報との整合性を測る指標(ROUGEスコアなど)

    • 長文に対する正確な要約が可能か、重要な情報を抜け落としていないかを重視する

  • 翻訳タスク

    • 翻訳の正確性(BLEUスコアなど)や可読性、自然さ

    • 専門用語やニュアンスの再現度を評価する

  • 対話型アシスタント

    • ユーザとのやり取りの円滑さ、回答の即時性や継続性

    • 感情的なトーンや配慮の必要性がある場合は、その検証指標

  • クリエイティブな生成(詩や物語など)

    • 表現力や独創性、語感など定量化しにくい評価軸

    • 「正確性」よりも「面白さ」や「芸術性」が重要となるケース

タスクの性質に合わせて、評価方法やテスト観点を選定することが「タスク固有の指標」の目的です。ベースモデルにある指標のうち、何を重視するかをアプリケーションの要件と照らし合わせながらカスタマイズしていきます。

法令・規制への準拠

生成AIアプリケーションでは、法的リスクや規制上の要件にも十分な注意が必要です。主に以下のような観点が挙げられます。

  • 個人情報保護・プライバシー

    • 個人情報を含むデータを学習・生成していないか、利用規約やプライバシーポリシーに違反していないか

    • GDPR(欧州一般データ保護規則)や各国の個人情報保護法などへの準拠

  • 著作権・知的財産権

    • トレーニングデータに含まれる著作物の取り扱い

    • 生成結果が第三者の権利を侵害していないか(画像生成AIの場合も同様)

  • 業種別規制(医療・金融など)

    • 医療分野であれば医療情報の取り扱い、金融分野であれば投資アドバイスやデータ管理など、業種によっては厳しい規制やガイドラインが存在

    • 生成される内容が法的拘束力を持つようなケースでは、責任範囲の明確化やエビデンスの保管が必須となる

  • コンテンツ規制・ヘイトスピーチの防止

    • 不適切な表現の出力や、ヘイトスピーチに該当する発言が生成されるリスクをどのように制御するか

    • 国際的にも多様な規制があり、運用国・地域に合わせた対応が必要

これらの法令・規制は国や地域、業界によって異なるため、グローバルに展開する場合はより複雑になります。テスト観点としては、各規制に対してアプリケーションがどの程度順守できているかを確認し、必要な監査証跡やドキュメントを整備することが重要です。

まとめ

本記事では、主にテキスト生成(T2T)に向けた生成AIアプリケーションに対するテスト観点の基盤モデルを提示しました。冒頭に述べた通り、これは基盤モデルですので、アプリケーションが持つ固有のタスクに向けた取捨選択、具体化が必要にはなりますが、T2T型の生成AIアプリケーションに対するテストの一般的な指針にはなると思います。T2I(画像生成)や画像認識型の生成AIアプリケーションについても、引き続き考えてみたいと思います。

参考

  • Introduction | DeepEval - The Open-Source LLM Evaluation Framework https://docs.confident-ai.com/docs/metrics-introduction

  • GitHub - citadel-ai/langcheck: Simple, Pythonic building blocks to evaluate LLM applications. https://github.com/citadel-ai/langcheck

  • Evaluation concepts | 🦜️🛠️ LangSmith https://docs.smith.langchain.com/evaluation/concepts#evaluators

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