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noteでノベルゲーム『薔薇の城』 *1 二人の薔薇姫

『薔薇の城』は「noteで遊べるノベルゲーム」を目指して書いた物語です。物語を読み進め、最後に現れる箇条書きの選択肢を選ぶことで、展開や結末が変化します。どうぞ最後まで、ごゆっくりお楽しみください。

二人の薔薇姫

 私は、白の薔薇姫。

 私は、白の薔薇姫。

 いいえ、私たちが、白の薔薇姫。

 私たちは、この世界に咲く薔薇。私たちが咲くことで、世界は薔薇の香りに包まれる。薔薇の香りは人々を癒し、世の中に安寧あんねいをもたらす。それが私たちの生きる意味。

 もちろん、一人で咲き続けることができるほど世の中は美しくない。ほんのささやかな悲しみや憎しみが、私たちの透き通るような白い花弁を汚してしまう。だから、私たちは二人で一人。一日一日、交代で咲くのだ。

 私たちは、顔も身体も服装も、何もかもそっくり。だから、私たちが本当は二人で一人だということを、知る者は少ない。みんな、この世には白の薔薇姫は一人しかいないと思っている。

「ねえ、薔薇姫?」

 私たちはお互いを同じ名前で呼ぶ。だって、私たちは二人で一人。白の薔薇姫なのだから。

「見て。日が沈むわ」
「そうね、綺麗。なんて美しい夕陽なのかしら」
莫迦ばかね」

 薔薇姫がわらう。

「この世で美しいのは──貴女だけよ。私の、薔薇姫」

 薔薇姫は私の頬をゆっくりとで、顔を近付け、私に口付けをする。私たちが最も美しく咲く瞬間。私の口の中に薔薇姫の甘い舌が入り、私もそれにこたえる。強い薔薇の香りが私たちを包み込む。むせ返るほど濃密で、気が遠くなるほど甘美なその香りに、私たちは互いに魅せられるのだ。

 やがて、薔薇姫の指が静かに私の胸に降りる。いたずらっぽくわらう薔薇姫の指は、胸から腰、腰から太股にかかり、ゆっくりと外側から内側へと動き始める。私は思わず腰を引いてしまう。

駄目だめよ、こんなこと」
「どうして?」

 薔薇姫の微笑みが、今は少し怖い。

「分かっているでしょう? 私たち、こうした時が一番美しく咲けるのよ。もっと、もっと奥へ──」
「やめて!」

 顔を両手でおおって、私は叫ぶ。

「花弁が……汚れてしまうわ」

 薔薇姫はため息をきながら、それでも笑顔のままだ。

「そうね、こんな風に──」

 私の内股に触れた指先を誇示こじしながら、薔薇姫が言う。

「こんな風に濡れてしまったら、私たち、汚れてしまうわね」

 指からしたたるしずくをゆっくりとめて、満足気に続ける。

「明日は貴女の番よ、薔薇姫。来客が多いんだから、ヘマはやめてよ。貴女の失敗の尻拭いをさせられるのは、明後日の私なんだから」

 きびすを返し、薔薇姫は寝室へと戻っていく。その後ろ姿を見ながら、それでも私は思う。

「ねえ、薔薇姫」

 日が沈んだ空に、一つ、また一つと星が灯り始める。

「私、本当に貴女を愛しているのよ」

砂漠の王と大臣

 今日は私が白の薔薇姫。私たち薔薇姫は、薔薇の城に住み、薔薇姫としての公務を果たす。隣国から訪れる王族をもてなしたり、町の住人たちの嘆願を聞いたり、時には国同士のいさかいの仲裁ちゅうさいに入ったりもしなければならない。

 私たちは白の薔薇姫。この世界の調和の象徴であるのだから。

 午前中は、砂漠の国の王と大臣がやってきた。第一王子が来月に結婚式を開くことになっている。結婚式に私が出席するにあたって、席の並びはここで問題ないか、スピーチの順番はこれで構わないか、細々こまごまとした話が続く。

「それでそのぅ……薔薇姫様」

 大臣が気まずそうに言う。

「はい、大臣、何でしょう」
「その、薔薇姫様のお召し物なのですが」
「ええ、この服では問題ございまして?」
「いやいや、大変お美しゅうございます。白の薔薇姫様に、これ以上相応ふさわしいお召し物はございますまい。ただですな」

 王と大臣が困った顔で目線を交わし合う。

「結婚式の主役は、新郎である第一王子と新婦でございます」
「もちろん、おっしゃる通りですわ」
「新婦は、ウェディングドレスを着る予定でございます」
「まあ素敵。私もいつか着てみたいんですの、純白のウェディングドレス」

 言ってから、しまったと気付く。純白のウェディングドレス?

左様さようでございます。古今ここんよりウェディングドレスは白と決まっております。主役である新婦のドレスの色を変えるわけには参りません。そして多くの結婚式におきまして、その参列者が白いお召し物を着ることはひかえるべき、と定まってございます」
「まあ……困ったわ、私、この白薔薇以外の服を着ることを禁じられておりますのよ。まして白以外の色の服だなんて」
「しかしですな」

 王が厳しい顔で言葉を続ける。

「作法は作法にございます。我が第一王子の結婚式に、新婦以外に白いドレス姿があっては、これは新婦の恥となりましょう。生涯一度の結婚式にございますぞ、姫様。ここはどうか私の顔を立てて」
「陛下、どうか落ち着いて。薔薇姫様もお困りにございます」

 大臣が王の肩にそっと手を置き、なだめる。

「申し訳ございません、薔薇姫様。どうか失礼をお許しいただきたい。ただ、ドレスの色につきましては、他国の参列者の皆様にもご調整いただいております。ご参列いただいたお隣に、同じ色のドレスが並んでは、それはそれでご参列くださった方々に礼を欠いてしまうことになるからです」

 全ての参列者の並び順と、それぞれが身に付ける服の色や装飾品の一覧が記された厚みのある書類を手に、大臣が続ける。

「式まであと一ヶ月にございます。今から新しくドレスをお作りいただくとしても、そう余裕のある期間ではございません。誠に恐縮ではございますが、せめてお召し物のお色だけでも、今お決めいただけませんでしょうか」
「姫様、どうか、私の息子の、私の娘のために、何卒なにとぞ!」

 なんということだろう。こんなことに頭が回らなかったなんて。もっと早く気付いていれば、薔薇姫と二人で相談することだってできたろうに。

 でも今、私は一人で答えをこの場で出さなくてはならない。


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