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noteでノベルゲーム『薔薇の城』 *2 白の薔薇姫

本作『薔薇の城』は「noteで遊べるノベルゲーム」を目指して書いた物語です。物語を読み進め、記事の最後に現れる選択肢を選ぶことで、展開や結末が変化します。途中から読み始めた方は、ぜひ最初から読んで、ご自身で選択肢を選んでみてください。

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白の薔薇姫

 砂漠の王や大臣の言うことも分かる。でも、私はあくまで白の薔薇姫なのだ。世界を支える私が、国の事情に左右されていいはずがない。

「いいえ、私は白い服で参列させていただきます」

 私は毅然きぜんと言いはなつ。

「ひ、姫様、しかし」

 言いかけた王の言葉をさえぎって、私は言う。

「陛下、先ほど貴方はおっしゃった。『作法は作法』だと。違いますか?」
「ええ、確かに申しました」
「その『作法』とは、誰の、どこの作法なのです?」
「どこと申されましても……」
「『私の』作法はどうなるのですか?」

 私はやおら席を立ち、窓際へ歩み寄る。

「この白い薔薇の服を着ることは、『私の作法』です」

 王にも大臣にも背を向けたまま、私は言葉を続ける。

「あなた方は、私に『私の作法』を破れ、と命ずるのですか?」

 背後で息をむ音が聞こえる。

「いえ、いえ、決してそのようなことは!」
「では何です」

 私は二人をゆっくりと振り返る。

「世界の安寧あんねいたもつこの私に、白い薔薇以外の服を着ろと?」

 王も大臣も、その顔は青ざめている。

滅相めっそうもございません!」

 先に頭を下げたのは、大臣だった。

「かような失礼を、何卒なにとぞ、どうかお許しください!」

 王もあわてて頭を下げる。

「そもそも、我が国まで足をお運びいただくだけで過分かぶんな喜び、どうか、どうかお許しを!」
「良いのです」

 私は冷ややかに言う。

「でも、困りました。新婦のドレスと色がかぶってしまうわ」

 しばらくの沈黙が流れる。

「色を……」

 しぼり出すような声で、王が言う。

「はい?」
「色を……新婦のドレスの色を」
「良く聞こえませんわ」
「新婦のドレスの色を、変えさせていただきます」

 王の肩が小刻こきざみに揺れている。

「そう、お気の毒に。お手数をおかけしますわね」

 私は再び二人に背を向ける。

「大臣、これ以上何かお話しておかなくてはならないことがありましたかしら?」
「いえ……ございません」

 背後で、二人がノロノロと立ち上がる気配がする。

「姫様、それでは私どもはこれにて……」
「ええ、遠路はるばるご苦労でした。結婚式、楽しみにしておりますわ」

 二人は静かに謁見室から去った。

 世界の安寧あんねいたもつこの私が、一国の王の都合に振り回されてたまるもんですか。

ヒヨドリの御子みこ

 午後からは、国に住む者たちからの嘆願を聞くことになっていた。今日も城には大勢の嘆願者が列を作る。

 一人一人の嘆願を聞き、対処や考えを述べ、記録係に書き取らせていく。記録係は六人いて、一人が一つの嘆願を担当して交代で記録していくが、それでも記録係の誰かの手が止まるまで待たねばならないこともしばしばだった。多くの嘆願者は急いでいて、早口なのだ。

 丘陵地の麦畑の案山子かかしによる、カラスからのひどい仕打ちについての話を聞き終わったところで、私と記録係は少し休憩を挟んだ。あたたかい紅茶と香ばしいビスキュイをいただきながら、私と記録係たちは、今日挙がってきた嘆願の対応策を話し合っていた。

「失礼」

 不意に隣で見知らぬ男性の低い声がした。私はこの世界の人の声なら大抵覚えている。でもこの声には聞き覚えがない。誰だろう。

「ごめんなさい、今は休憩中なの。嘆願は少し後で──」

 男性の方を向いて驚く。ゆうに190cmはあろうか、細身ではあるが長身の男だ。灰色の乱れた髪が腰まで伸び、肩から床まで汚れた灰色の翼が生えている。目の周りだけが鮮やかなオレンジ色で、その中に黒真珠のような瞳が、どこを見るともなく浮かんでいた。

「ああ、待つよ」

 静かに男性は答えたが、その瞳がどこを見ているのかはまるで分からなかった。

「失礼ながら、そのビスキュイ、一ついただいても?」

 男性のとらえどころのなさに困惑していた私は、ハッとなり、ビスキュイの皿を差し出す。

「失敬」

 言うが早いか、男性の翼と肩の間から鳥の足が伸びて、ビスキュイを一つつまんでいった。男性は鳥の足を器用に使ってビスキュイを口に運び、一口かじる。

「こいつは上等」

 頭・胴体・足は人間で、肩から翼と鳥の足が生えているなんて。腕がない替わりに鳥の足だけれど、これじゃ人間の足と鳥の足が両方あることになる。

 男性は小刻みに口を動かし、うむ、うむ、とうなりながらビスキュイをかじり続けていた。

「あの、貴方は?」
「ああ、これは失礼、この頃はロクなものを食べていなくてね。あまりにビスキュイの良い香りがしたものだから」
「そうじゃなくて、貴方の名前よ」
「名前?」

 男性はうつろな目で私を見る。そして、小首をかしげた。

「名前──名前とは、何だろうか?」
「貴方、記憶がないの?」
「記憶?」

 男性はビスキュイをかじり続けながら、考えるような仕草をして、言った。

「分からないな。名前と記憶の有無に、どういったつながりがあるのだろうか」
「普通は誰にでも名前があるものよ。貴方はそれを忘れているんじゃないかしら」
「奇妙なことを言う」

 男性はビスキュイをかじるのをやめ、私の顔をのぞき込む。

「私には正しく記憶がある。ただ名前がないだけのことだよ。名前はラベルのようなものだ。記号のようなものだ。個を識別するために与えられた、音の羅列だよ。鼻歌にも等しい。それが無いことに、なぜ君は固執こしつするのだろうか?」
「それは……」

 そう言いかけて、そこで初めて私は気付いた。この人は、生き物じゃない。

「貴方、神様ね?」

 私の言葉を聞いて、男性はゆっくりと頭を戻す。

「鳥たちの神様なんでしょう?」

 男性はまた小首をかしげて、ビスキュイをかじりながら外に出ていこうとした。

「ビスキュイをありがとう」

 男性は、相変わらずどこを見ているか良く分からない目で、少し微笑んだ。

「嘆願の列に並ぶよ。君と話したくて来たんだ」

 私と記録係が休憩を終えて、嘆願を再開して、男性の番になったのは一番最後だった。日は少し傾き始め、今にも夕焼けが始まりそうな時間だった。

「君のところへビスキュイをもらいに行って、列に並び直したからね。最後になってしまったよ」
「ビスキュイは高くついたわね。並んでいれば早く終わったのに」
「良いんだ」

 男性は静かに言った。

「最後なら次に待つ人を気にしなくて済む。ゆっくり君と話ができる」

 太陽がその色を黄色から赤く変える様を少し見て、男性は続けた。

「私たち鳥は、今大いに困っている。食糧難だ。森の木の実や果物を、あらかた他の動物たちに食べられてしまった」
「そう……。私たちに何ができるかしら」
「何もしなくていい」
「えっ?」

 思わず私は聞き返す。

「何もしないでもらいたい。何かされては困る」
「どういうこと?」
「自然とはそうしたものだ。厳しい時期には、その種族に多くの餓死者が出る。私たちは私たち自身でそれを乗り越えなくてはならない」
「城にはまだ食料の備蓄があるわ。それを森に」
「それが困ると言っている」
「どうして?」

 男性はうつむく。

「それは人間の傲慢ごうまんだ。分からないか? 確かに人間から食料を与えられれば、餓死をまぬがれる者もいるだろう。しかしそれは人為的なものだ。自然ではない」

 ゆっくりと男性は顔を上げ、つぼみを開き始めた瞬間の、芙蓉ふようの色をした雲を眺めた。

「私たちは自然によって生き、自然によって死ぬ。それが鳥の生き方なんだ」
「そう」

 男性の見ているであろう雲を、私も眺めた。

「仕方ないわね。でもこれじゃ嘆願にならないわ」
「なるさ」
「えっ?」
「今からなる。ここからが嘆願だ」

 私は男性に向き直ったが、男性は雲を見つめたままだ。

「そうなの? では引き続き、嘆願をどうぞ」
「ああ。私と結婚してくれないか」

 抑揚よくようのない声が響く。記録係が、思わずその手を止める。

「ずっと見ていたんだ、君のことを。城の上をグルグル飛びながらね」

 あまりのことに言葉を失う。これは、嘆願?

「私たち、特に我々ヒヨドリへの人間による処遇しょぐうは良いものとは言えない」
「ヒヨドリ?」
「ああ、私はヒヨドリなんだ。全ての鳥のおさつとめてはいるがね。我々ヒヨドリは森の食料が尽きると、人間の領域に出て農作物を食べる。先ほど君からビスキュイを失敬したようにね。おかげで農業に従事している人間からは強く敵視されているし、狩猟鳥にも指定されてしまった。君と私が結婚するとなれば、そうした人間から反対されるかもしれない」
「ちょっと待って、私、何もまだ」
「分かっている」

 男性は静かに立ち上がった。

「今日は嘆願に来ただけだよ」

 なんだか腹が立ってきて、私も立ち上がる。

「こんなの嘆願じゃないわ!」
「そう? 君は奇妙なことを言う。だって君は」

 男性はゆっくりと翼で私の頬に触れる。

「こんなにも美しい」

 美しい? 私が? それはそうよ、私は白の薔薇姫なんだもの。

「ちょっと待って!」

 あわてて私は言う。

「貴方、空から見ていたのなら知っているでしょう? 私は、私は!」
「知っているよ」

 男性は動かない。

「君とそっくりな娘がいるね」
「そうよ、私たちは二人で一人。ずっと一緒なの。これまでも、これからも。どっちがどっちかなんて誰にも──」
「分かるさ」

 男性の口元がゆるむ。

「ずっと見てきた、って言ったろう? 確かにあの娘は君に似ている。外見はね。けれど中身は別物だ。君は清らかで誠実だ。それに」

 私の頬に触れた翼が、ゆっくりと上下する。

「外見だって違う。表情が違うんだ。君の笑顔はとてもおだやかだ。君の笑顔を見るとね、私は胸があたたかくなる。私は君に、恋をしているんだ」

 私の口から言葉が出てこないのはなぜだろう。罵倒ばとうする言葉も、あきれる言葉も、出てこない。

「君は私の名前を聞いたね。確かに、私に名前がないと、君が不便かもしれないな。かつて私の姿を見た人間が、私をこう呼んだ。『ヒヨドリの御子みこ』とね。だから、今日から私は、ヒヨドリの御子みこだよ」

 その瞬間、周囲にとてつもない風が吹き込んだ。

 あまりの勢いに顔をおおい、風が止み、目を開けてみると、もうそこにヒヨドリの御子みこの姿はなかった。城の窓の外、夕焼けの空をヒヨドリの御子みこは飛んでいた。ゆっくりと輪を描くように何周か泳いだあと、あの低い声からは想像も付かない高く透き通った声で一鳴きして、彼は消えた。

夜の薔薇姫たち

「へーぇ……貴女が、砂漠の王と大臣を、ねぇ」

 夜、私たちは城のバルコニーで、その日一日にあったことの報告をする。出来事の共有をしておかなければ、二人で一人の人格を演じ続けることはできない。

「だって、私たちは白の薔薇姫でしょう? 他の色を身にまとうなんてあり得ないわ」
「それはそうだけど。少し意外ね」
「そう?」
「そうよ」

 そう言って薔薇姫はわらう。

「でも、見てみたかったわ、貴女に言われた時の二人の顔。さぞかし間抜まぬづらだったんでしょうね」
「フフッ、砂漠の王は肩がふるえていたわ」
「素敵」

 突然、薔薇姫が私を抱き締める。

「私たち、いつまでもいつまでも一緒ね。この世界の頂点で、二人で輝いて咲き続けるんだわ」
「ええ、そうね、薔薇姫。二人で一人なんですもの。私たち、ずっと一緒だわ」

 今夜は、私から薔薇姫に口付けする。薔薇姫の唇は柔らかい。特につややかな下唇を、私は深く吸い上げる。

「それで、嘆願の方はどうだったの?」

 薔薇姫が私に尋ねる。

「嘆願? ええ、あぁ、そうね……」


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