
しかし、回り込まれた。
この文章は現在書いたものではなく、2005年7月22日に個人ウェブサイト「blog.shimatch.jp」に掲載したものです。noteへの掲載にあたり、若干の句読点の修正を行いました。
「……おや?」
──どうしたね。
「僕の……僕の、所持金が、半分になっている」
──それがどうかしたのかね?
「どうか……って、何時の間に?全然気付かなかった」
──気付かないはずはないだろう。君は、死んだのだから。
「え……?し、死んだ?」
──そうだ。今、君はなぜ自分がこの城にいるか、理解ってないんじゃないか?
「死んだって……何を言ってるんだ。僕はちゃんと生きている」
──つくづく頭の悪いヤツだな。君は、死んだんだ。だから、君の所持金は半分になった。
「死んだら、おしまいじゃないか。生きてるはずがない」
──君は死に、所持金は半分になり、城にいる。いい加減分かりたまえ。
「だって……じゃあ、僕はどうして死んだって言うんだ!」
──逃げたんだよ。
「……逃げた?」
──無様にも。逃げ損ねて死んだんだ。君は。
「逃げるって、何から?」
──覚えていないのか?君はキメラに出会うや否や、逃げ出した。これは、君にしては賢明な判断だった。今の君では、キメラを倒すべくもないからな。しかし、回り込まれた。逃げ損ねた君の背後から、炎の息が浴びせられ、君は──
「そ、そんな……。僕は、本当に、死んだ……のか」
──そう。君は死んだ。そして所持金が半分になり、今、この城にいる。
「納得いかないな。どうして死ぬと、所持金が半分になるんだ」
──それは、この世界のルールなのだよ。
「消えた半分の所持金は、何処へ行ったんだ」
──そんなことを、君が知る必要はない。
「じゃあ、死んだ僕は、どうして生きている」
──さっきから言っているだろう。それが、この世界のルールなんだ。
「ん……。待てよ?じゃあ、例えばだ」
──何だ。
「僕は、スライムを倒した。そのスライムは……死んだ。死んだ、そのスライムはどうなった?」
──今更、何を言っている?スライムの所持金が、半分になるのだよ。そして、この城から放たれる。
「!!」
──そして、城を出たスライムを、君は再び倒す。スライムは死に、スライムの所持金は半分になり……。後は繰り返しだ。
「どうりで……何匹倒しても、絶滅しないわけだ」
──絶滅?何を言っているんだ?君は知らないのか。この世界には、スライムは常に10匹しかいないのだよ。
「じゅ、10匹?」
──君が倒したスライムは、全て、その10匹のどれかだ。君が倒した、合体してキングスライムになるスライムたち、そのスライムたちは10匹のうちの8匹だ。
「そんな、そんな馬鹿な!」
──あまつさえ君は、そのうちの1匹を仲間にしているね。
慌てて、仲間のスライムを見る。こいつも、10匹の中の1匹……。
「ちょっと待て。キングスライムで8匹、俺の仲間で1匹。もう1匹は何処にいる」
──洞窟で見かけなかったかね?いいスライムを。何が「ボク悪いスライムじゃないよ、プルルッ」だか。流転する10匹のうちの1匹のくせに、な。
「にわかには信じられん。他のモンスターもそうなのか」
──無論だ。全てのモンスターがそうだ。
「全て?ちょっと待て、そうは言っても竜王は……」
──竜王も同じだ。
「は?」
──君が竜王を倒せば、竜王の所持金が半分になり、竜王はこの城で目覚め、再び野に放たれる。やがて、竜王の城に戻るであろうな。
「……は?」
──竜王だけではないぞ。君が救わんとするローラ姫、君が彼女を救い出せず餓死したとしても、ローラ姫の所持金が半分になり、彼女は城で目覚める。
「ちょっと待て、おかしいぞ。王は『ローラ姫を救い出してくれ』と僕に頼んだんだ。この城でローラ姫が目覚めるのなら、それで問題解決じゃないか」
──飲み込みの悪いヤツだ。王が死んだローラ姫を生き返らせるのだ。そして、王こそが、生き返ったローラ姫を再び野に放ち、洞窟の牢へ閉じ込めるのだぞ。
「なん……だって」
──何度も言うように、これがこの世界のルールなのだよ。
「じゃあ……僕が、妖精の笛で眠らせて倒したゴーレムは」
──今頃、メルキドの街に戻っていることだろうな。無論、所持金は半分になっただろうが。
「今まで、僕がやってきたことは、一体……」
──何時までも細かいことに拘らず、いい加減に理解したまえ。そして王の間に進み、王のお叱りを受けるのだ。
「王の間?王のお叱り?」
──そうだ。死んだ者は、必ず王のお叱りを受ける。それが、この世界のルールだ。
「なぜ、叱られなくてはいけない?王は、何が目的なんだ?」
──拘るな、ルールなんだ。受け入れろ。
「受け入れられるものか、こんな、こんな……」
静かに、王の間の扉が開く。赤い絨毯の奥に、玉座に座った王の姿が見える。その瞬間、ある考えが僕を支配した。
(死者を生き返らせるのは、王だ。……例えば、その王が死ねば、どうなる?)
見えない何かに導かれるように、僕は赤い絨毯を進む。そして、王の前で左膝を床に付け、ゆっくりと頭を垂れる。
(王が死ねば……、王が死ねば……?)
玉座の王は僕を冷ややかに見下ろし、静かに、厳かに、言った。
「おお、勇者よ!死んでしまうとは何事だ!」