パレード
毎夜毎晩同じ夢を見ている。
最後に僕に触れた君の手の甘やかな香りは永遠に忘れられないのに、いつしか君の顔を忘れてしまう夢だ。
目が覚めて急いで君の顔を思い浮かべる。
いつもと同じふわりとした微笑み。
まだ忘れていない。そう確認して少し安堵する。
こうして毎朝君の顔を思い出していたら忘れずにすむのだろうか。何度も投げ捨てた君の歌も結局拾い集めてしまうし、僕はきっと忘れたくないのだろう。
それともいつか夢のように香りだけ残してあとは忘れてしまうのだろうか。
忘れないようにーー。
ある考えが頭に浮かんでは泡のように弾けて消える。
僕は気怠い体を起こし考えを振り払うように首を振った。息苦しさが波のように襲いかかってくる。喉元を抑えてゆっくりと深く呼吸をした。
窓を開けようと窓辺に向かうと水色の空がカーテンの隙間から覗いていた。にじり寄るように夏がせまってきている。あの朝の空気をもう一度感じたくなって僕は散歩にでることにした。
◇◇◇◇
君がサヨナラを告げた日がつい昨日のことのようにも遠い昔のようにも感じられる。
白紙の便箋とペン、それから君がよく使っていた藍色のインクを携えて歩く。早朝、隣に君はいない。小鳥の囀る声がくっきりと聞こえた。
一人ぼっちだ。分かりきったことをもう一度反芻した。
一人ぼっちなんだ。もう。
ベンチに腰掛け便箋とペンを取り出す。
書き連ねたい思いはあるのにあの日から言葉が思うように出てこない。ペンを走らせても藍色のインクの染みが織りなすのはどれもこれも二番煎じばかりだ。
君の言葉が僕の言葉だった。
君の触れた指先から伝わる温度が僕の熱源だった。
天啓がおりるかのように、あんなにも溢れてきた言葉が熱源を失って浮かぶことが出来ずに心の奥底に沈んでしまったようだった。
僕は便箋とペンをしまい来た道を戻った。
ぐしゃぐしゃに丸めた紙も全部拾い集めて鞄に入れる。
もう少しこのままで、何も失くさずにいたい。
そうすることで僕は一人ぼっちになった僕を哀れんでいたいのだ。
藍色の雫がぽたぽたと地面を彩っている。僕は空になったインクの瓶だけ初めからそこにあったかのように置き去りにした。それは木々の緑を反射して花緑青の光を放っていた。