水が作る世界
秋吉台は山口県の概ね中央部に位置する巨大なカルスト台地である。その下にある秋芳洞は、日本三大鍾乳洞に数えられている。総延長は10キロ以上、そのうち観光客が入れるのは1キロ弱だが、それでも日本最大の洞窟の威容は存分に感じ取ることができる。
2022年3月21日、私と友人たちの山口旅行は最終日を迎えた。山口に住むサークルの同期を、ほかの同期2人と訪ねた4人旅。旧交を温めるというほど久しぶりでもない私たちは、いつも通りの下品な会話をしながら秋芳洞の入口についた。
車を止めたのは秋芳洞という幹の枝にあたる黒谷支洞側の入り口である。在住の友人曰く、こちらの駐車場は無料でしかもすいているらしい。洞内には大きな自動ドアのある建屋から降りていく。外気が大量に流入するのを防ぎ環境を守るため、入口側と出口側で扉は分けられていて、15秒間隔で交互に開く。巨大洞窟を前に気持ちが高まっている。15秒でも長く感じる。
洞内に入っていく。洞内の基本は年間通じて17度に保たれているそうで、3月の外気と比べると暖かい。舗装されたきれいな道を下っていく。壁にはアニメ調のイラストが描かれていて、下につく頃には洞ができた3億年をさかのぼる仕掛けだ。
下につくといよいよ鍾乳洞である。周囲が鍾乳石の姿へと変わっていく。鍾乳洞というのは、雨が巨大な石灰岩を溶かし、空間を穿ったものである。穴が開くとそこからさらに雨が流れ込み、どんどん大きくなる。壁面のごつごつは溶かされいる途中の石灰岩の姿だ。特別な形のものには、マリア観音や巌窟王など名前が付けられている。周囲はむき出しの岩肌だが、足元は舗装されていて歩きやすい。左右は3メートルほどだが天井が高い。小さな穴がたくさんあるらしい、複雑な空間である。
秋芳洞本洞につながると一気に左右が広がる。高い天井もさらにさらに広くなる。ごつごつとした岩肌のなかに、パルテノン神殿にでもありそうなすっきりとした、巨大な柱が現れる。黄金柱と名付けられていおり、今はLED照明を当てているが、以前は本当に光り輝いていたらしい。天井に空いた穴から雨水が流れ込み、壁面を舐めとってなめらかな柱を生み出したらしい。
黄金柱から少し進むと、エレベーターで地上ともつながる洞内最大の空間に出る。ここでは今も川が流れている。この巨大な洞内が、流れ込んだ水が少しずつ少しずつ削り取って広げた空間であることがわかる。水は、少しでも弱いところ、広いところを探して流れていく。小さな流路が、長い長い年月をかけて巨大な空間を生み出している。歩道になっている側の反対側は巨大な一枚の壁になっていてなめらかである。
進んでいくと鍾乳石が下から伸びていく石筍や洞内富士と呼ばれる鍾乳石の塊が現れる。これらは、水に溶かされた石灰岩がまたそこで固まり、新しい形を生み出している。
水によって削り取られる空間と、水によって生み出される空間がまったく一緒に存在している。日本は山岳国家だから、居住地の多くは水の流れが生み出しているわけだが、こんなにも水の空間を切り開く力を実感できるところは少ないだろう。いわんや、土地が生まれるところなどハワイのキラウエア火山にでも行かない限り見ることはできない。
この洞内は、すべて一枚の巨大な石灰岩であるわけだが、水の力で、一つの地下空間にこんなにも多様な光景を現出させている。遠い海からやってきた巨大な石灰岩が、ありふれた水の力で形を変えていく、地球の歴史というものが、歴史の物語ではなく現在進行形の現実で、あまりにもありふれているかつ、まったく手の届かない大きな循環であることを実感させてくれる空間だった。
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