記憶と食べる
ここ数年、世間を騒がせている流行り病。半月ほど前、私もとうとう感染してしまった。
感染者に見られる諸症状の多くを発症したが、薬のおかげもあって状態は落ち着いてきた。だけど、未だに続いている症状がいくつかある。
その1つは味覚障害。
初期は塩加減などが分かるものの、素材や料理の味が分からなかった。嗅覚障害も同時に発症していたので、全てが無臭。その間、私は記憶を頼りに食事を摂っていた。少し不謹慎かもしれないが、これはなかなか面白い経験だったと思う。
味も香りも感じないけれど、過去にその料理を食べたことがある。だから私は、その料理の味や香りを知っている。
目で料理を判別して口で咀嚼し飲み込むまでの時間、過去の記憶で不足している情報を補完しながら食べているような感覚だった。実際に味と香りを感じられないので美味しいとは感じないけれど、この料理を食べたという体験はできていたように思う。
少し味覚・嗅覚を感じるようになってきてから、久しぶりにコーヒーを飲んでみた。カフェインは刺激が強いかもしれないと思い、それまで避けていた。ドリップ1杯用のカフェインレス・コーヒーを袋から出して鼻に近づけると、焦げたような香りがほんの少し。抽出して飲んでみても全く美味しいと感じられず、少し苦味のある黒い液体のままだった。
感染前には、「自分の誕生日に好きなお店のカフェインレス・コーヒーを買ってみよう」などと、食いしん坊な私は自分の機嫌を取ることを考えていたのだが、それも延期。この液体をまた美味しいと感じられる日が来るのか半信半疑になった。とは言え、これまでに感染した方々の情報をネットで得て、時が解決する(場合が多い)という事が分かってはいたので、それ程不安にのまれず、割と落ち着いていたかもしれない。
今では、ある程度の味が分かるようになってきた。食べ物を食べて美味しいと感じられることは私にとって幸せなことの1つだと改めて感じる。
味がしっかり分かるようになる頃には、秋の味覚が盛りだくさんかもしれない。この経験の反動で食べすぎないように注意したいと思う。
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