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おかえりなさい、クプス






2023年8月17日のことを私は一生忘れないだろう。






クプスが靭帯を怪我して手術が必要だというお知らせが来た日だ。




こういうことって本当に前触れもなく訪れるんだと感じたことも
どうにか気持ちを落ち着かせようと、とんでもなく支離滅裂な言葉をTwitterに書き連ねたことも覚えている。



さらに日本公演にはクプスが参加しないことが発表された。活字での情報は浸透しにくく全く腑に落ちなかった。




怪我をして手術が必要だというお知らせが出てすぐ、クプスがweverseでメッセージをくれたことも覚えている。「心配しないで、頑張って治すから待ってて。」というメッセージだった。


大群の中の1人である私が心配したところで、クプスの怪我や気持ちが回復していい方向を向くわけではないし、どうにもならないことは重々承知しているが、それがとてつもなく苦しかった。




近くで支えてあげられるわけでもないし、医療の知識なんてものも持ち合わせていない。特殊能力で靭帯をくっつけられるわけでもない、ただの人間である自分の無力さを痛感しすぎた瞬間だった。



クプスが踊れなくなったら、リハビリがうまくいかなかったらどうしよう。途方もない不安が私を襲い、涙が溢れてとまらなかった。



SEVENTEENとして存在していたいと切に願うクプスが
足の怪我のせいで、SEVENTEENとして活動できなくなってしまったらどうしようという最悪の想像が過ってしまった。



楽しみだった東京ドーム公演までの日々が
少しだけ憂鬱になったことを今でも覚えている。



東京ドーム公演の前日、クプスが車椅子で空港にいる姿がTwitterに流れてきた。ああ、本当に怪我をしているんだ。活字だけのお知らせでは感じ取れなかった「怪我」という事実が私の全部を覆い尽くした。




こんなに大変なのに東京に来るんだ。その事実と、来る決断をしたクプスの気持ちに対して涙が止まらなかった。




東京ドーム公演が始まった。
ステージにクプスがいないことを分かっていたはずなのに、その事実をうまく脳が処理できなかった。




「super」も「박수」も五感全てで感じたかったクプスのパートは代理のメンバーによって披露された。大好きなクプスの声が、今この場所にないという現実が痛く重くのしかかってきた。





気丈に振る舞ってみても私の聴きたいクプスの声が聞こえない。クプスが大好きなSEVENTEENを私も楽しく見たいと思った。掛け声をしてみたり叫んでみたりしたが、するたびに心に大きく穴が開いていく感覚に陥った。




ライブに愛する人がいないという状況に心がついていかない。ふとした時にどこを見たらいいのかわからなくなってしまう。自分は今、何をしているんだろう。と、とんでもない絶望感に襲われる。





いつも自分がクプスからどれだけ生きる力をもらっているのか。
大きすぎるほどの愛をもらい、日々を過ごしているのか。クプスが健康で幸せでいてくれることが、私が日常を幸せに過ごすための要素の全てであるのかを絶望と共に思い知らされた瞬間だった。






一緒にライブに入ってくれた友人の横で「クプスの声が聴きたいよ」と子供のように泣いた。優しく背中をさすってくれた友人に感謝している。






ライブ中もクプスがどこにいるのか無意識に探している自分がいた。
初日はメンバーの声かけによってモニターに映し出されたクプスの姿だけ確認することができた。





クプスがモニターに映ったことでパニックになった。
必死にクプスの姿を探したが自分の目で確認することはできなかったけれど
同じ空間にいてくれたことを実感することはできた。






ただそれだけで幸せだった。





東京ドーム公演2日目の9月7日クプスは私の頭上にいた。






クプスが私の目に映った瞬間のことは一生忘れないだろう。
赤いビーニーに、白いTシャツ。






クプスがいることを私の脳が認識し、網膜にクプスが映った瞬間
我慢していた気持ちが全部溢れ、泣き崩れた。見ることができないと思っていたクプスが私の目の前にいてこちらを見て微笑んでくれている。
「ただ」「そこに」「いる」ことの尊さを実感した。
この瞬間に感じた感情も匂いもクプスの動きも忘れることはないだろう。






トロッコでメンバーが外周を回っている時だった。クプスの姿に気がつき、辺り一体がざわつき始めていた時、私たちを指さして「ステージにいるメンバーを見て」というジェスチャーをしていた。クプスらしいなと思った瞬間だった。




分かってはいるけれど私の目はもうクプスのことしか映したくなかった。






愛する人がそこにいるという事実が私の全身を駆け巡った。
歌を口ずさみながら楽しそうにステージを見る姿も、メンバーを愛おしそうに見つめるクプスの顔も、カラット棒をふりふりしながら優しく会場全体を眺める姿も、少しこちらを見てうんうんって頷く姿も全部覚えている。




メンバーに振られてマイクを通さずに言った「say the name」の声も、全部全部覚えている。昨日は聞こえなかったクプスの声が私の鼓膜を揺らした。
嬉しかった。クプスの声だ。クプスの声が聴きたいと心の底から思っていた自分の願いが、クプスが来てくれたことで叶った瞬間だった。



アンコールのタイミングで車椅子に乗ったクプスがステージに登場した。
クプスが愛しているメンバーに囲まれてステージにいる事実が心の底から嬉しかった。





恥ずかしそうに照れながらいう「アジュナイス」も愛おしくて仕方なかった。クプスのすべてが愛おしくてたまらなかった。「早くステージに戻りたい」という言葉も痛いほどに切実な思いが伝わってきて、どうか無事にリハビリを終えステージに立てますようにと願った。






クプスが生きていてくれるだけでいい。



いつもクプスが伝えてくれる「僕より少しだけ幸せでいてください」という言葉を心の中でクプスに対して願った。クプスがステージに戻りたいと願うのであれば、それが叶うことを祈り続けるしかないと心に決めた瞬間だった。




強くいようとしてくれるクプスでも、いつまで続くかわからないリハビリに心が折れそうになる時は、その気持ちに寄り添える自分でありたいと強く思った一日だった。


2023年9月7日に振り返してくれたハートも一生忘れない。絶対に
忘れない。



ここから始まる、クプスのいない日本公演や、ナナツアーなどのコンテンツ、ウマゲシンのカムバックもなんとか乗り越えた。クプスのおかげで乗り越えることができた。





いつもweverseに来るときは「大丈夫だよ。元気だよ」と言ってくれるクプスだったけれど、時々、早く踊りたいな、リハビリうまくいくかなと不安を吐露してくれていたのも全部覚えている。




私の言葉が伝わることはないけれど、「大丈夫だよ。あなたなら絶対大丈夫。」とコメントを残し続けた。毎日愛しているよのDMも送った(キモい)

私は大群の1人でしかないからそれしかできないのだ。
苦しいけれどそれが私にできる最大限のクプスへの慰めだった。





怪我している時に始まったカムバック活動でも、私たちのために黒髪ではなくピンクに染めてくれた。ひさしぶり姿が見たいと思ってと、苦手なのにセルカをあげてくれる。配信をする時も、明日配信するねと教えてくれる。





クプスのそういったきめ細やかさが好きなんだと再認識した期間だった。きっとクプスは嫌いな部分だと思うけど神経質なところも好きなんだ。天邪鬼なところも、忘れられたくなくてかまってちゃんなところも愛おしくて、強くありたいと頑張ってくれているところも全部全部大好きなんだと、クプスを構成するすべての要素を心の中で抱きしめた。




そんな中迎えた年末のMAMAと紅白歌合戦。MAMAでは大賞の挨拶をするために来日してくれた。その頃には、安静にだけれど通常の速度で歩けるようになっていた。希望を胸に抱いた表情を忘れることはないだろう。





2023年12月31日はクプスからプレゼントをもらった日だった。
私自身のこともクプスのことも、より愛おしいと思わせてくれた。
クプスがそうしてくれた。




年末の紅白歌合戦、友人たちと一緒に見ていた。
もちろんクプスはいない。でも友人たちと一緒にいられたことがまず嬉しかった。さらに愛する友達が、自分の愛する人から幸せをもらっていた年末で、自分のことは置いておいて、友達が幸せで嬉しい気持ちでいた。


年末だけどクプスは何をしているかな、あったかくして、美味しいご飯を食べているかな。韓国は寒いのかな。幸せでいてくれたらいいなと思っていた。そんな愛が溢れて仕方がなかった日に「난」がアップロードされた。





友人と解散しようとしていたタイミングで携帯に通知が来たのだ。
S.COUPSの文字が目に入った。



個人活動への欲を出さない彼が曲を出した。
きっとエスクプスペンのためでもあり、長い間苦労して頑張った自分に対して整理するための曲であったんだと思う。


「내 어떤 삶을 사랑하나요」
俺のどんな人生を愛していますか

曲の中にこの詩があった。エスクプスとしての人生もチェスンチョルとしての人生もどちらも愛していて、お互いがお互いを支えるように死なずにここまで生き続けてくれてありがとうと心の底から思った。






エスクプスの世界もチェスンチョルの世界も幸せと愛で溢れ、悲しさも悔しさも全て愛おしいと思える世界で生きていてくれますようにと切に願った。


聞いているうちに「난」という曲は、クプスから私たちに向けての慰めの曲なんだと感じるようになった。




「本当に大丈夫だよ。愛してくれてありがとう。」
と、不器用なりに最大限に伝えてくれたんだと思っている。




後に、「난を聞いた人がみんな心配してくれるんだけど僕は大丈夫だから」と言っていた。聞いたその日にああ、クプスはもう大丈夫で、クプスが私たちを慰めてくれているんだと感じることができたのだ。





名前が二つある彼はどちらの人生も愛することができて歩き始めることができているんだと思った。




涙が溢れて止まらなかった。





本当にクプスを愛してよかったと思った瞬間だった。クプスがいてくれたら本当に何もいらないんだと実感した。

個人活動をあまりしないクプスが12/31に난という曲をアップしたという事実だけも胸がいっぱいなのに、私のこともクプス自身のことも慰めて愛してくれる曲をプレゼントしてくれた。こんなにも愛おしい日を生きているうちに経験するなんて思わなかった。






私はhappy sadという言葉が大好きなのだが本当にこの日はhappy sadに包まれていた。楽しいけど切ない、切ないけど楽しい、愛おしいから苦しい。


私は逆行するような感情や感覚を同時に抱くことがかなりある。
それを感じたときに、自分が生きていることや、自分にとって大切な事象なんだ、ちゃんと感じて切り取って理解しないといけないなと思う。




それを人生で一番強く感じたのが、この日だった。






クプスがいなかった期間、表立った活動を控えていた期間に濁った私の心が、この日のこの曲によって、人間としての呼吸と楽しくて切なくて愛おしい大好きな感覚と心を取り戻した日だった。そんな日に一緒にいてくれた友達を一生忘れないしいつまでも記憶に残していたいと思った。





全部クプスが与えてくれた、大切な感情だ。








その気持ちを抱えながら迎えたアンコンソウル。
魂が震えないわけがない。

私にとってはクプスがいるFOLLOW公演を初めて生で見る。






開演し「super」を踊るクプスを見て涙が溢れた。
上にぶら下がっていた時点でもう泣いていた。









日本公演では聞くことができなかったクプスのパートを
ひとつひとつピースを埋めるように、失くしていたピースを拾い上げるように噛み締めて聞いた。





나에게 딱 한가지 지키고 싶은 게 있어
僕には ただひとつの守りたいものがある

살짝 올라간 입술 작은 미소 사소한 행복도
少し上がった唇 小さな笑顔 些細な幸せも





韓国語であったが、私が聴きたかったクプスのパートだ。音源だけでしか聴けていなかったこのパート。
この詩の通り、私もただ1つ守りたいものがあって、それがクプスだ。










クプスが願い続けたステージで踊っていて、歌っている。
すべての曲すべてのステージでパフォーマンスをできたわけではないけれど、ほぼすべての曲にクプスがいた。完全復活とはいかなくても、それすらも歩みと力に変えて全力でステージを楽しむクプスに生きていてくれてありがとうという感情が溢れた。











本当にどの瞬間も楽しそうだった。全身全霊のパフォーマンスだった。
本当に本当に本当に幸せに溢れ、可愛くて、かっこよくて、男気のあるステージを見せてくれた。クプスのパフォーマンスから得られるエネルギーはとてつもないものだった。






Rock With youでのトロッコ移動の際、人一倍跳ねている姿を見て、心からの愛してるが大声で口から飛び出た。同時に涙も溢れた。優しくふふと笑う微笑みも、口を閉じで口角を上げるように笑う姿も、片眉を上げるニヒルな笑いも全部全部全部愛おしかった。




당연한 건 하나 없어
当たり前なんてない

나에게 너만 있어서
僕には君しかいないから

Won't let them break your heart
君の心を傷つけさせないよ


大好きな大好きな大好きなRock wih youのクプスのパートだ。この詩が心に染み渡っていくのが分かった。この詩をこのタイミングでクプスが歌うという奇跡、重み、切実さを全身で感じた。当たり前なんてこの世に何1つもなくて、生きていることも健康で楽しく笑いながらいられることも、悲しくて寂しくて涙が出ることも、悔しさが怒りに変わることも、全部全部当たり前なんかじゃなくて、ひとつひとつが奇跡なんだと感じた。


ひとつひとつの感情が、奇跡であると私に教えてくれたのはクプスだ。


こんなにも私の魂を震わせてくれるのはクプスしかいない。クプスのこのパートを復帰したタイミングに韓国で聞けてよかったと心の底から思った。





すべての細胞に、クプスが戻ってきたこと、クプスがステージにいる事実を深呼吸によって巡らせた。





隣にはスングァンペンの友人がいてくれた。友人は覚えていないかもしれないけれど、12/31に言ってくれた言葉がある。








「クプスが復活するステージをお湯が見る時は隣にいたいと思う」








私はその言葉が、心から嬉しかった。その言葉が、クプスの復帰を待つ辛い期間を耐え抜く糧になっていた。






だからこそ、このソウルコンで隣に友人がいた事実にも涙が出た。あの日あの会場で私たちは魂で支え合っていた。
彼女にとってもFOLLOWツアーは苦しいことがあったツアーだったと感じている。





どれだけ表に出さないように、気が付かないようにしようと自分を騙してみても、本当に苦しくて目を背けたくなるような時間だったと思う。本当によく耐え抜いた。





私が何か言えることではないけれど、本当によく頑張って過ごしてくれてありがとうと伝えたい。だからこそライブ始まって早々愛が溢れ魂が震え、お互いに手を取り合って泣いた。この日のことも一生忘れないし、忘れたくない。










振り返ってみてもあっという間だった。





「あの時」「そこに」「いた」という事実と、愛する人の声で鼓膜が振動し、楽しそうな姿を網膜に焼き付けることができた。
感情を抑えることなく泣いて笑って過ごせたという事実が記憶の中に刻まれていることが本当に嬉しい。






韓国にきてほんとうによかった。クプスと出会えてよかった。隣にいてくれた友人もありがとう。いつも共に過ごしてくれるクプスのおかげで出会えた友人たちも愛している。悲しみも怒りも切なさも幸せもこれからも共に感じて生きていこうね。







愛する人が生きていることがどれだけ愛おしくて尊いことなのか、そばにいてくれる人がいることの尊さを感じた2024年4月28日のFOLLOW AGAIN IN SEOUL

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