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大人は"友達"をどうつくる?

最近よく思う。
"友達"ってどうやってつくるんだっけ?

社会人5年目。
就職先でできた人間関係は、"友達"としてカウントしてもいいのだろうか。
同じ日に入社した同期は、
同じ会社で働く仲間であり、一緒に成長していく同志であって、友達とは違うのかもしれない。
休日に遊ぶ人を"友達"と呼ぶのなら、同期も"友達"といえるのか。

学生時代は、いやでも環境が変わっていった。
小学校は2年に一度のクラス替え、中学校は毎年。高校や大学でも、クラス替えはないものの部活での先輩・後輩は毎年変わっていった。

毎年心機一転、環境が変わる。立場も変わる。
先輩に囲まれて過ごした1年が過ぎれば、次の年には後輩ができる。その次の年には、最上級生として見本にならねばと張り切る。
かと思えば、その1年後にはまた下っ端として先輩の中に埋もれていく。

この繰り返しで、自分はどの立ち位置が向いているのか、居心地がいいのか学んでいくのだろうか。そうして今後の"友達"づくりに役立てていくのか。

「私は年上の人との相性がいい」だの「年下の面倒が見たい」だの「なんだかんだ言って同い年が楽だよね」なんて。

結局のところ、年上には可愛がってもらいたいし、年下からは慕われたい。同級生からは、時に褒められ時に喝を入れてもらいたい。
そんなところで私の人間関係の願望は形成された。


ーー
小学生のころ、隣のクラスに転校生がやってきた。通学路で見かけることが多くて、きっと近所に住んでいるんだろうなと思った。
ある日の下校時間、通学路で彼女を見かけた。走って呼び止めて、「友達になろう」と声をかけた。今思うとかなり怪しい。笑
それがきっかけで友達になってくれた彼女とは、アラサーを迎えた今でも交流がある。結局小・中合わせて何度かクラス替えのタイミングがあったが、1回しか同じクラスにならなかった。それでもまだ"友達"関係は続いている。

あの頃の勇気は、度胸は、今はもうどこにも残っていない。
例えば駅でよく会うあの人に、「友達になってくれませんか」なんて声をかけたりしない。

子どもの頃は、環境が変われば一緒に過ごす人が変わってきた。クラスでのいつめん(「いつめん」なんて響き、懐かしい。笑)、部活でのチーム、通学路と時間がたまたまあった、通学友達。
その人たちは、「友達になろうよ」なんて声をかけなくても、自然と集まって、タイミングがずれれば自然と離れていった。

時間をつくってでも会いたい、会おうとするのが"友達"という定義が与えられてしまうと、今の私の友達は10人もいないことになる。

10人が多いと思うか少ないと感じるかは個人の自由であって、私がどう思うかはそれまた個人の自由。

ただ、その"友達"はほとんど学生時代からの"友達"であって、少なくとも5年以上の歴史(?)がある。
狭く深く、というと聞こえはいいが、たまに新しいコミュニティに属したくなる。広く浅く、というほど広げたくもないが、いまよりちょっと広げたくなる。

そんな時、どうすれば新しい"友達"をつくることができるんだろう。
結局答えは出ないまま、今のありのままの気持ちを残しておこう。いつか新しい"友達"ができたころに、このnoteを見返して「あの頃悩んでたな」なんて笑えるように。

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