大切なものを、失ったとき
・銀色のブレスレット
おじいちゃんの病院へ通っていた帰り道
叔母さんと近くの雑貨屋さんへ行った。
そこで一目惚れした紺色のまっさらなワンピースと、華奢な銀色のブレスレットを買った。
それは、それは、私のとても大切な宝物だった。
どんなにくしゃくしゃにしてリュックに詰めても
一晩ハンガーに吊るせば着られた。
高価な洋服を沢山持っていなくても
健やかな綿をたっぷりとって作られたそのワンピースはとても丈夫で、ベンチに転がっても、階段に座ってソフトクリームを食べても派手に汚れることがなくて
酔っ払ったままゲストハウスの硬いベッドで眠っても体中が疲れることはなくて
裾の生地が風に靡くたびに
とても自由な人になれた気がした。
手首からチラリと光る銀色のブレスレットには
カットを施された透明なビーズがついていて
作りの割に高価だったけれど
それは私にとってお守りのようなものだった。
ある日の仕事中、ぷつんと鎖が壊れて
バラバラになってしまった。
ー なんて不幸なことが起こるの
心の中でそう思いかけたとき
仲の良いバイトの叔母さんが声をかけてくれた。
「きっと、これから起こるはずだった災いから守ってくれたんだよ。」
このとき教えてもらった考えは、10年近くが経った私の中で今でも生きている。
・シャネルの赤い口紅
当時デートを控えていた私は、口紅が欲しいと母に伝えた。
母に連れられて人生で初めてシャネルのカウンターに座って、ものすごく緊張しながら選んだ赤い口紅は自分にとって特別な物だった。
減らないように、減らないように、大事に大事にすこしずつ使っていた。
コースディナーのデートをした日
心が折れそうな仕事の日
約3年間ほどを一緒に過ごした。
はっきりとして発色がよくて、だけどなんとも言葉にはできない美しい深みがあって
何年経っても私を強くしてくれる口紅だった。
上京して、夜になって急に決まった水族館デートへ向かって急いでいるとき
(おそらく)切符売り場の所へ置いて来てしまった。
後から気が付いて駅員さんに尋ねてみたけれど、もう私の元へ戻ってくることはなかった。
酷く落ち込みかけたときに、はっと思い出した。
ー「きっと、これから起こるはずだった災いから守ってくれたんだよ。」
私を危険な目から守ってくれたんだ、きっとそうに違いないね。そう思えたとき、滲みかけた涙もすべて引っ込んだ。新しいお気に入りの赤を探す旅に出ようと思った。
・いつでも会える
何度も引っ越しをして、大事な本も、素敵な花模様が入った真っ白な食器も、お気に入りの服も、沢山のものを失った。
全部、私の大切なお友達のような存在だった。
けれども不思議。
本当に好きな本にはまったく離れた場所に行ったって何度も何度も出会うし
花模様の食器に出会う度に、置いてきてしまったお皿のことを思い出す。
きっと、人生で本当に必要な物には必ず巡り会えるから大丈夫なんだ。いつからか自然と自分の中でそう思うようになっていった。
もし、もう一度出会えなくったって
沢山の旅を共にしたコーデュロイのコートも
色んな宿に連れて行った文庫本も
一緒に過ごした日々の感性が私の中で生きている。
ずっと、ずっと、生きている。
人だって、そうだと思う。
さよならに縋るような人になりたくないから。