切ないという言葉を知らなかった
あなたは私に何本もの薔薇をくれた。
ほら、綺麗でしょう?と笑顔で首を傾げながら。
私は笑って、きれいだねと言った。
指にいくつもの棘が刺さって血が滲んだ。
愛は痛いことなんだと
苦しいことなんだと
ずっと思ったまま
私はひとりの大人になった。
握りしめた薔薇の本数だけ
消えない棘が刺さって
だけどあなたはこれだけ沢山の美しいものを
与えてきたのに、と言う。
そうだね。綺麗ね。うつくしいね。
何回も何回もわたしは
私じゃない人になりたいと願って
くしゃくしゃに泣いた。
シャワーを最大量にして浴びながら。
美しく育ってくれてよかった、と
あなたは言った。
大人になったわたしは
自分のどこがうつくしいのかさっぱり
分からないひとになった。
寂しささえも忘れてしまう人になった。
終わりにしか光を見つけられない人になった。
かすみ草とシャネルが好きで
特別にお料理が上手だったあなたの味を
わたしは一つも覚えていない。
ふとした時、静かに溢れる涙は
さみしいからでもくるしいからでもなく
さよならを言えないさよならが
ただ悲しいだけだったように
電線に止まった一羽の鳥がどこへ行くのかなんて
わたしも永遠に知らない。
一つも、一つも、一つも。