恋ヶ窪
もうすっかりお布団から出るのが億劫になった季節、いつもの事務所に向かわない今日は、いつもより10分だけ遅く家を出れる日。そんな朝だから少し油断して、駅まで3分の道を一度も止まらずに走ることになった。
ギリギリ滑り込んだ電車は、いつも乗る電車と比較すると全然混んでいない。もう24歳にもなったのに、はあはあと息を弾ませるのが恥ずかしくて、涼しい顔のふりをして息を整える。
いつもは都会へ向かう電車に乗るから、パーソナルスペースのパの字もなく出勤する。大概事務所へ着くと自分の気分とHPがそれぞれ減っている。でも今日は反対側を目指すので、そんなストレスもない。
音を着けるならまさしくガタンゴトン、と揺れる電車に座り、秋の日差しが差し込む電車から、ゆったりと流れる景色を見る。気怠そうな車掌アナウンスとは正反対の、真っ青で紅葉が映える空。そう、私が求めている車窓。
つぎは、こいがくぼ、こいがくぼ、
関西に住んでいた私は、まだまだ東京にある聞きなれない駅名に反応してしまう。
恋ヶ窪、と書くらしい。なんて素敵な名前。恋という文字が入っているだけで、可愛らしく見える。
ざわざわ、ちくちく、もやもや、そんな気持ちでいっぱいになったら、いつのまにか心に隙間がなくなっていた。こんな些細な日常の中の安心が、少しずつ自分の灰がかった気持ちを取り除いていく。
少しだけ空いた窓から、鳥のさえずりが聞こえた。いつもなら絶対にない通勤の風景に、心が落ち着いていく。ここまできて、最近自然の中で過ごすことがなかったなと気づいた。空が広い景色は安心する。