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無題

その日彼女は飛び降り自殺を配信していたわけだけど、ほんとうのことは誰も知らない。ネットで勝手に伝説扱いされて、ニコニコ動画や掲示板に死んだその瞬間が閉じ込められていた。彼女は永遠に、そこに磔にされているのだ。そのことを誰も可哀想だとか思わない。寧ろ羨ましがっている。リストカットが学級で流行るように、自殺配信も流行った。みんな愚かだった、みんなその彼女みたいに伝説になれると勘違いしていた。ある女の子は飛び込み自殺に失敗して腕を失い、ある女の子は飛び降りたけれど無傷で帰ってきた。みんな共通にして持っているものは、純度の高い希死念慮だった。死にたい、その感情こそが全てだった。彼女達の青春は、あの特急列車やマンションの屋上に全て置き去ってしまったのだ。


 私達が求めているものは幸せなんかじゃない。永遠の不幸せ、絶対的な死そのもの。閉鎖病棟に入ったとか、腕を縫合したとか胃洗浄をしたとか、そんなことでしか生きる意味を見いだせない人達がいる。それがメンヘラ。みんな伝説になりたがっている。けれどそんなものには到底なれなくて、多くの人が諦めて自分の人生を生きる。まれに自殺する人がいるけれど、それは仕方のないことだった。だって、自分のアイデンティティを超えるものを見てしまったら、もうどうやって生きていけばいいのか分からなくなるでしょう?

 どれだけ私達が叫んでも、この世界は私達を抱きしめてはくれない。微笑みかけてもくれない。ただそばにいるだけだ。けれど、その温度は冷たい。冷たすぎて、指先が痛む。心も痛いのに、これ以上どうしたら良いのだろうか。かなしい。心だけが先走ってしまう。身体がついてこない。ふわふわと宙を浮かぶような感じがするの、誰も分かってはくれないけれど、これってすごく気持ちよくて、すごく辛いことなの。

 幸せって何なのか分からないから、私達は不幸せが当たり前だと思っている。逆に幸せが来ると身体が拒否反応を起こしてしまう。やめて!こないで!そうやって泣き喚いてしまう。健常者は、幸せが当たり前だから、逆のことが起きるだろう。

 一体全体、私達は何者なのだろう。何故自分のことを傷つけなければ生きていけぬのだろう。ガタガタの左腕、白く線路のようになった傷跡から、何が生まれるのだろうか。もう何度も飲み込んできた大小様々な薬。緑、青、白、いろんな色がある。薬を飲まない日は、とっくの昔になくなっていた。でも私達はそれが幸せなのだ。飲んでる薬が強ければ強いほど、満足してしまう。そんな人生の、何が良いのだろう。こんなことで他人と競うくらいなら、スポーツでもやっていた方がマシだ。しかし、私達は力では解決できない人生の難題と向き合っている。それがどういうものなのか明確には分からないけれど、とにかく重力のように重くのしかかってくるのだ。

 毎日、明日死んでいますよにと祈って眠りにつく。といっても大体ベットに入ってから三時間は眠れないから、暗い天井を眺めている。この苦しみはいつまで続くのだろう。眠ることは死ぬことだから、少しだけ安心できる。また目覚めてしまうのがほんとうの死との相違点だけれど。

 きっと明日も、生きてしまうのだろうなぁ。

 

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