市橋 伯一先生の「自己複製RNAの進化が生み出す寄生と共生」
東大市橋先生の自己複製RNAの研究が日経サイエンスと公開セミナーで発表されました。
Open-Ended Evolutionを目指した寄生体との共進化モデルをRNAを使って実現する試みです。
公開セミナー「自己複製RNAの進化が生み出す寄生と共生」をオンライン開催(6月2日)
論文: https://webpark2056.sakura.ne.jp/papers/2022_Mizuuchi.pdf
研究内容
進化するのに必要な条件ふたつ
自己複製能力
複製能力の変化が遺伝すること
この条件を満たす単純なモデルは何かを考える
先行研究
シュピーゲルマンの先行研究では、自己複製RNAに材料とRNA複製酵素を与えて複製させ、次の世代にさらに同じ手続きを繰り返すことで進化させた。
その結果として、RNAは複製効率の高い(= 短い)形質に収束した。
収束の原因:
手続き毎にRNAのみを継代した(= RNA複製酵素は同じものを継ぎ足した)ために、RNAの淘汰圧が変化しなかったこと
RNAのコードする情報は意味のないものであったこと(タンパク質をコードする遺伝情報は入っていたが、利用されない)
= 表現型と遺伝型の分離(翻訳機構)ができていない
= 複製のされやすさはRNAと複製酵素の物性のみに依存していた
市橋先生の研究
先行研究のモデルに無細胞翻訳系を導入し、RNAがRNA複製酵素をつくり複製酵素がRNAをつくる、というモデルを実装。RNAの突然変異は複製酵素にも影響し、系の淘汰圧が変化することで収束を回避する。
その変更に付随して、細胞構造を導入。(生成されたRNA複製酵素がどこかに漂っていかないようにするために細胞構造でRNAと必要な栄養素をあらかじめ囲ってやる(漂っていってしまうと社会科学における共有地のジレンマが起きる
そのような系で実験を行った結果、無細胞翻訳系の導入だけでは不十分で、収束して進化が止まってしまった。
この時点ですでに寄生体は発生していたのだが、宿主の自己複製を阻害するために抑制をかけていた。
抑制を外ししばらく継代すると、宿主のRNAと寄生体のRNAで共進化が始まり新たな寄生体も生まれるようになった。
寄生体を生む系の仕様
この系に寄生体が発生する(ほぼ必ず発生するらしい)余地があるのは、複製プロセスに他者が利用できる脆弱性が存在するため。
この系ではRNAは単体で自己複製するのではなく、RNA複製酵素に自身を複製させる構造となっている。複製酵素が複製対象として認識する配列★をもつRNAが複製される。寄生体は★の配列をもちつつ複製酵素をコーディングする遺伝子の欠損したRNAであり、欠損部分の分、宿主のRNAより短く複製速度が速い。
Q&A
Q. RNAを別のRNAに変換するような自己複製は可能だろうか
(RNA1→複製酵素a→RNA2→複製酵素b→RNA1というループ)
A. おそらく生体ではそういう変換をするものはない
感想等
寄生体を生む系の仕様
これは具体的な実装対象によらないのでソフトウェアシミュレータなどに導入できます。
特に池上先生のMachines and Tapesの系はモデルの構造が近いので埋め込みやすそうです。
自己複製プロセスの多段化
プロセスが多段化したことで、自動的に自己言及の困難さが取り除かれています。
(RNAが複製酵素を生成した段階で情報量が減るが、複製酵素が「RNAの全部分を複製する」という働きをするなら問題ない)
自己複製系の要件の複雑性はむしろ減るかもしれない。
RNAワールドから単細胞に進化した説明
この研究/実験はそのまま、RNAワールドがどのように単細胞に進化したのかの説明になっています。
(※私が知らなかっただけかもしれない)
RNAがRNA複製酵素をつくり、複製酵素を保っておくために細胞構造が必要とすると、細胞構造は自己複製の必要条件となります。つまりそこが出発点であって、あとは複製酵素以外に細胞膜の補修や、それぞれの機能の効率化などを行う物質を生産するようになり、細胞になったと
先行研究との関係性が反ID論になっている
「上位存在が環境を用意した」先行研究より「ボトムアップで自己複製子が自分で環境を用意した」今回の研究の方がより進んだ結果を得られてるのちょっと面白いな