
岩元真明 『ヴァン・モリヴァン──激動のカンボジアを生きた建築家』 まえがき・目次公開

岩元真明
『ヴァン・モリヴァン──激動のカンボジアを生きた建築家』
(西山夘三記念叢書 1)
カンボジア初の建築家ヴァン・モリヴァン。独立まもないその国で、主要な国家プロジェクトの数多くを手がけ、建築の近代化と脱植民地化に向き合った。内戦が始まると、スイスへ亡命しポル・ポトによる大虐殺から逃れ、祖国帰還後は戦後復興とアンコール遺跡の世界遺産登録に貢献した。
激動の時代を生きたひとりの知られざる建築家の生涯から、近現代を通貫する建築のグローバル・ヒストリーが見えてくる。
著者の10年にわたる研究の集大成。
発行 2025年3月
判型・頁数 四六判・336頁 上製本
言語 日本語
定価 本体3,000円+税
デザイン 小池俊起
発行所 millegraph
印刷・製本 サンエムカラー
ISBN 978-4-910032-11-5
まえがき
カンボジア人初の建築家にして、カンボジア近代建築の父。熱帯モダニズムの巨匠、未来を幻視した建築家、カンボジアを建設した男……。これらはすべて、本書の主題であるひとりの建築家に捧げられた頌詞である。
ヴァン・モリヴァンは一九二六年、フランス保護国時代のカンボジアに生を受けた。二〇歳でパリに留学し建築を学び、独立まもないカンボジアに帰国。一九五〇年代から六〇年代、首都プノンペンを中心に数々の国家プロジェクトを手がけ、今日「新クメール建築」と呼ばれるカンボジアの近代建築運動を牽引した。王立芸術大学を創設し、カンボジア初の建築教育の礎を築いたことも彼の業績のひとつである。
しかし、一九七〇年にカンボジア内戦が勃発し、モリヴァンは国外へ逃れることを余儀なくされる。亡命直後はスイスの設計事務所で働き、一九八〇年代には国連機関に勤務して発展途上国の都市改善に尽力。そして、カンボジア和平締結後の一九九三年に祖国に帰還し、国務大臣に返り咲いて戦後復興に身を投じた。彼はアンコール遺跡の世界遺産登録にも貢献し、晩年にはアジアの都市研究に精力的に取り組んだ。
本書ではこうしたヴァン・モリヴァンの活動を年代記的にたどってゆく。カンボジアの近代史では独立前後と内戦前後の断絶が強調されることが多いが、植民地時代から独立、内戦、戦後復興と、激動の時代を生き抜いた彼の軌跡を追うことで、カンボジアの近代建築史を連続的に捉えることが可能となる。加えて、本書で描き出すモリヴァンの活動全体は、日本を含むアジアの近代建築を相対化する格好のケーススタディとなるだろう。モリヴァンが直面した一連の課題は建築の近代化と脱植民地化のプロセスに関わっており、多かれ少なかれ、他の新興国にも共通していたからである。
また、モリヴァンの生き様とその作品は現代の建築家たちにも大きな示唆を与えると筆者は信じる。グローバリゼーションが進む今日、世界各地で建築が均質化し、都市文化が平板化する問題が生じている。さらに環境問題や地域間格差など、建築家が取り組むべき社会的課題は山積している。資源も技術も限られたなかでカンボジアの文化と気候風土に根ざした建築を追求したモリヴァンの試みは、こうした現代の課題に挑む建築家たちの道しるべとなるはずだ。
新生独立国家において建築・都市の近代化を推進し、内戦後にはカンボジアの象徴とも言うべきアンコール遺跡の保護に携わったモリヴァンは、まさに国家的建築家と呼ぶべき存在だった。一方で、国際援助をしたたかに利用し、多様な外国人専門家と協働し、亡命期に世界各地で活動した彼は、きわめて国際的な建築家でもあった。地域と国家と世界を結びつけたモリヴァンの建築的実践は、分断と対立が叫ばれる今日、再び光を放っている。
ひとりの建築家の生涯を精緻にたどることによって、近代と現代を貫く、建築のグローバルヒストリーを紡ぎ出す。これが本書の目指すところである。
目次
まえがき
第Ⅰ章 カンボジア人建築家の誕生 一九二六-一九五六
1 仏領カンボジアの建築状況
2 エコール・デ・ボザールで建築を学ぶ
3 パリのクメール人脈
4 カンボジアへの帰国
第Ⅱ章 ナショナル・アイデンティティの表現 一九五六-一九六四
1 新しい国家を表現する
2 屋根に表れる伝統
3 アンコールの原理と空間
4 近代建築をクメール化する
第Ⅲ章 カンボジアに根ざす建築 一九六四-一九七一
1 カンボジアの住まいをデザインする
2 熱帯気候への適応
3 現地調達のデザイン
第Ⅳ章 ポストコロニアルの人的ネットワーク
1 公共事業省時代の設計体制
2 国連開発計画と大林組
3 キャビネ・ヴァン・モリヴァンの仲間たち
4 王立芸術大学と建築教育
5 建築の脱植民地化
第V章 内戦、亡命、再建 一九七一-二〇一七
1 ヴァン・モリヴァンの亡命
2 内戦期の活動
3 カンボジア再建
4 最後のメッセージ
あとがき
註
参考文献
図版出典
【2025年3月18日まで先行予約を承ります】
一般書店より早く3月19日より順次発送・送料無料。
特典として「ヴァン・モリヴァン建築マップ@プノンペン」(300部限定)をお付けします。
いいなと思ったら応援しよう!
![millegraph[株式会社ミルグラフ]](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/7552664/profile_69995900659a212ec9e086fab060c825.jpg?width=600&crop=1:1,smart)