おいしさは自分でつくる ──『建築情報学へ』勉強会からのレポート 池本祥子
2020年12月25日、書籍『建築情報学へ』(監修:建築情報学会)刊行!
好評をいただいており、発売からわずか1カ月足らずで重版となりました。読者の皆様、執筆・編集・制作に関わっていただいた方々に御礼申し上げます。
出版から半年という節目に、全国の有志学生による『建築情報学へ』勉強会 @arch_info_study の企画メンバーによるレポートを公開します。
出版前に発起され、約120名がSNSで連携し、一度も直接会わず複数回の勉強会を開催してきた前代未聞のコミュニティとは。
バックナンバー
建築情報学が本当に必要な世代 ──『建築情報学へ』勉強会からのレポート
名古屋から建築情報学会準備会議へ
「建築情報学の教科書をつくる」、そんな話を聞いたのは2019年、私が学部3年生の時だった。きっかけは、定期的に開催されていた「建築情報学会準備会議」 でそうしたディスカッションが進むという情報をSNS経由で知ったことである。生意気だった私は、「教科書をつくるというならば、学生として会議に参加し、何かもの申してやろう」と意気込み、先輩の卒業設計の提出締め切りの前日に大学をこっそり抜け出し、名古屋から東京に向かった。
会場では必死に聞いていたのだが、おそらく内容を理解できておらず、あまり覚えていない。しかも誰がその場に登壇していたのかすら曖昧である。「10+1 website」の記録を辿ってみたところ、私はこんなことを登壇者の方々に聞いていた。
建築情報学の教科書で何を教えたいかではなく、学生に何を問いかけたいのかを端的に聞きたいです。私自身が3年後期で、パラメトリックデザイン、Rhinoceros+Grasshopperに取り組む課題がありましたが、授業時間が3割で自主的に勉強した時間が7割という感じでした。やはり建築情報学の教科書でも、問いを積み重ねていくことで導くことができるのではないかと思いました。
この質問に対する素晴らしい登壇者の方々の回答については、是非直接記事を読んでいただければと思う。
建築情報学会準備会議 第6回:建築情報学の教科書をつくろう 池田靖史 豊田啓介 石澤宰 木内俊克 角田大輔 堀川淳一郎 藤井晴行 渡辺俊 中西泰人 三井和男 |10+1 website
SNSを介したスピーディな発起
当時の私は、「建築情報学会は建築教育や実務や研究に大きな影響を与えるだろう。だからこそ学生や若手が積極的に介入して発言していくことに意味がある。もっと主体的に参加していきたい」と考えていた。
それから2年近く経ち、その書籍『建築情報学へ』が出版されるという情報が公開された時、1通のDMが届いた。
こんにちは、突然のご連絡すみません。東大建築学科4年の南と申します。
要件だけ先に述べると、「12月末出版予定の建築情報学の教科書を使った勉強会企画しませんか」という内容です。(以下略)
そこには、「建築情報学会の立ち上げで盛り上がってはいるが、学生がまだ入り込めていない。そこで私たちが積極的に関わっていくべきだ、最終的に大人も巻き込みたい」という内容があり、私が以前から思っていたこと通ずるものを感じ、是非やりましょうと回答した。
南さんを中心とした東大の学生と、私が所属している学生チーム「ND3M」の共同で打合せを行い、SNSで参加者を呼びかけ、立ち上がったのが『建築情報学へ』勉強会である。
カルピスの原液みたいな本
初回は、それぞれが読んだ感想や意見の交換から始まり、章ごとにチームで読解を進め、ディスカッションをしていくという流れになった。
サラリと読んだ時の最初の感想は、まるで「カルピスの原液みたい」だと感じた。味が濃くてそのまま飲むと後味がジワッと残り、何かと混ぜることで初めて「おいしく」なりそうな予感。何と混ぜようか、どのくらいの希釈にしようか、どうしたらおいしくなるか……、自然と想像が膨らむ(ワクワク)。自分の知らないレシピがまだまだあるのではないだろうかと色々試してみたり、調べてみたりしたくなる探究心を感じた。
勉強会では、私は第2章のふたつの節のディスカッションに加わった。小見山陽介さんによる「Ⅰ Learn 建築情報史試論」では、建築やデザイン、ものづくりにおいてコンピュータやデジタルツールがどう入り込んできたのかがまとめられてあり、注釈には膨大な参考文献が並ぶ。何を勉強すれば良いかというヒントが沢山転がっていて、参加者各自が担当部分を丁寧に調べ上げた。
石澤宰さんによる「Ⅲ Connect 一から多へ」では、建築設計や施工における実務経験のエピソードや事例を交えながらエッセイのように語りかけてくる。実際に石澤さんをお招きしたディスカッションも開催した。書籍に載せたかったが紙幅の都合上カットになった部分などの話まで聞けて、非常に楽しかった。
未踏の領域を開拓していく教科書
勉強会を継続していくなかで気づいたのは、この書籍には「こうあるべきだ」「こうしていかないといけない」「未来はこうなる」というような主張や宣言が強く出ているわけではないということだ。いわゆる「正解」が載っていない教科書である。答えがない、未踏の領域を一緒に開拓していきましょう、と本から言われているような、迎え入れられているような気がした。
そして、まだ専門が曖昧で経験が浅い自分でも、これから一緒にその領域を掘り進めていけるのだという希望やうれしさを感じた。同時に、「自分は何をすべきか」という先行きの見えないモヤモヤも感じ、様々な感情が湧き上がってくる1冊であった。きっと5年後や10年後の自分が読み直したらまた違う感想を持つだろう。それが楽しみである。
池本祥子(名古屋工業大学大学院博士前期課程 工学専攻社会工学系プログラム 建築デザイン分野、N3DM)