【企画参加】 霧の朝 〜 シロクマ文芸部
霧の朝は遠慮もなく目の前に立ち込めてなんだか心もはっきりしない。ただでさえこのハロウィンからクリスマスへかけての浮き立つ様な人の流れが苦手なのに加え、先日からの終婚への階段はまさに五里霧中である。
そろそろいつもの大通りに年末のイルミネーションが彩る。また町は大騒ぎだ。恋人達にはキラキラと輝く幸せという名の装飾も、今の私には曖昧模糊ではっきりとしない。
夫がひとり先に別居を始めようとすることの条件として、私が自分用のラップトップを新調する約束をした。一旦は渋ったものの割と軽く承知した。今まで大きな古いパソコンが共用で、何故だかは知らないが夫はそれに加え三つも四つものラップトップを操っていた。そんなにたくさんあるなら一つ自分用に買うぐらい簡単だろう。
「お前になぞ任せられるか」
と言って今まで書類整理などしてこなかった自分は光熱費が幾らかさえよく知らない。いい歳をしてひとり裸で寒空へほっぽり出されるのならそのくらいの準備はして頂いても良いだろう。それにこれなら手切れ金代わりだと納得することもできる。
かなりの努力をして、専門分野だからさぞ詳しいだろう、助かった、と大袈裟に煽て上げ、良さそうなモデルを探させて実物をチェックしてからOKを出した。
久しぶりに少し浮足立った一日を過ごしていると、
『在庫切れになった。』
とメッセージが入る。いつでも一足出遅れる。またか。
足早にひと月がたちそろそろ双方のにらめっこにもじりじりと焦げ目がつく頃合いになった。もう一度やんわりお伺いを立てる。
『そんなに欲しいなら自分で買え。』
話が違う。古い型のロボットからメッセージが来たのかと、思わず憤って返答した。
『新調してくれるという約束で話が進んでいたはず。』
『それは君が折り合わなかったから話はゼロに戻る。』
そうか、やはり自分に対してもコンピューターと同じ言語を使うつもりか。自分は根っからこの方面には縁がないのかもしれぬ。期待した私が馬鹿だった。
よくよく考えてみれば、元より買う気などなかったのだ。不可抗力を装った逃げ技は初めてではない。それが夫流のネゴシエーションである。騙したつもりが騙されて更に一杯食わされたか。
また深い霧の中に閉じ込められたような気分になりながら、お弁当箱におかずを詰める。最近はこれが暗中模索の唯一の手段。喧騒を抜けてひとり楽しむ日の丸弁当こそ、今の私に日の出をもたらす。ジャズの名曲『朝日のように爽やかに』を聴きながら。
『朝日のように爽やかに』/ ジューン・クリスティ
本日こちらの企画に参加しておりますん。