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〈鳥籠にちゃんと名前をかいておく そうして生きてゆかなくてはね〉 雑記/2020.7.8

タイトル:笹井宏之ベスト歌集『えーえんとくちから』より

毎日暑い。地元帰りたい。そう思って両親と、いつ帰ろうねと話していたのに、例のウイルスがまだぜんぜん猛威を振るっているせいで帰省ができなくなってしまった。わたしの地元は青森の田舎なので、地域で感染者は未だ一人もいない。そんなところに万が一にもウイルスを持って帰ってしまっては事なので、帰ってきちゃだめだよと言われた。

今年の夏は青森県立美術館に久しぶりにいきたかったのに。

青森県立美術館に初めて行ったのは14歳のころ。わたしは中学時代美術部に所属していたので、県主催の美術の催しに参加するために赴いた。そのころは特段美術に関心があるわけではなかった。絵はすきだけど絵画というよりもイラストが、というかんじだったし、周りのみんなも真剣に美術に向き合っていなかった。ただ、教科書に載っているピカソの『ゲルニカ』をみんなが笑ってバカにする意味がわからず、喰い入るようにずっと見つめていたことと、オキーフの真似事をして花の絵を描くのが楽しかったことは、これからも記憶の抽斗に置いておきたい。

青森県立美術館には2006年からマルク・シャガール作のバレエ「アレコ」の背景画全四幕が飾られている。

そのうち第一、二、四幕は青森県が収集し保有しているものだが、第三幕は本来アメリカのフィラデルフィア美術館が所蔵しているもの。青森県立美術館は開館記念のその時から今までアレコホールと呼ばれる大ホールに四幕を揃えて展示しつづけているのだが、とうぜん第三幕はいつかフィラデルフィアへと帰る。調べてみると展示期間は2021年3月ごろまでを予定しているという。

わたしは最近までそのことをまったく知らなかった。あの四幕すべて県美の所有物だとおもっていた。毎年のように帰る地元なので、いつか必ずまた観にいかなければと考えていたけれど、あのうつくしくふしぎな世界を切り取った巨大な四幕がそろって空間を囲う時が、まさか有限だとはおもわなかった。

記憶の底に眠っていた『アレコ』の姿を思い出す。単純にすきだと感じたのは、凛々しい馬がシャンデリアの灯る夜空を駆けんとする第四幕『サンクトペテルブルクの幻想』だった。わたしはシャガールの描く馬がなんだか妙にすきなのだけど、元を辿れば『アレコ』の馬に行き着くのだなあとしみじみする。ちなみにほとんど同じ温度で、若冲のかく白象もすき。かわいい。あと、いまのわたしが初めて『アレコ』を観たとしたら、第二幕の『カーニヴァル』が一番すきになったかもしれない、ともおもう。

でもやはり、最も強烈に印象に残ったのは、第三幕『ある夏の午後の麦畑』のなかに象徴的に描かれる巨大な太陽。なぜ太陽が二つあるのだろうと不思議だった。恐らくあれは、陽光を放って麦畑を照らす太陽と、水平線の彼方に浮かぶ丸い太陽の二つを描いたのだろうとおもう。正解はわからないが。わたしは昔から自分とはまったく正反対な、太陽のようにあかるく強烈で圧倒的な存在感を放つひとやいきものが潜在的にすきだったとおもうので、太陽そのものやそれを象徴とするものたちへの思いをふつふつと沸かせながら、椅子に座って長いこと見つめていた、ような気がする。

そんな第三幕が2021年3月には帰ってしまう。四幕すべてが揃うのは、来年の春まで。そうおもうと、ぜったい帰省して観に行くぞという使命感が増した。シャガールのことをすきになったのは大学生になってから、美術というものをちゃんと知ろうとしてからだった。真にシャガールと出会う前の、昔のわたしがすでに出会っていたシャガールに、もう一度会いたい。

無事に会えることを願うばかりだ。




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