『湯シャン』の話
わたしは酔うとすぐスマホを壊す。
最低でも3ヶ月に一回は壊すので、2年割賦に付属の保証プランなんかでは到底安心できないから、安いアンドロイドを都度買い替えては使い続けてる。
新しく買った、中国メーカー・OUKITEL(どう発音するの?)のアウトドアスマホは、防水・防塵・耐衝撃と信頼感あふれるスペック表記がなされ、転んでも酒ぶっかけても安心だろう、と思わせてくれる。実機はとにかく重く分厚くごつく、頑丈そうな見た目はまるでゲームボーイとかそういうのを思い起こさせてくれる。
ゲームボーイは本当に壊れなかった。階段から落としても水たまりに突っ込んでも、同級生の日俣くんにポケモン銀を借りパクされた上、どうやら裏技を使いすぎてデータバグらされたらしいことに気づき、それを咎めた時に逆ギレされてすべり台の上から本体ごと投げ捨てられたときも壊れなかった。
スマホを買い換えるとき、知り合いのメンヘラに「今度のやつは壊さずに済みそうやわ~」みたいなことを何気なく話したら、
「5Gは危ないから駄目だよ。家族とか身近な人たちを守りたいでしょ?」
と忠告された。
ちょっとテンションあがってしまった。"ホンモノ" だ。 "ホンモノ" に出会ってしまった。
かつてピカチュウとともにカントー地方を駆け抜けた我々は、おとなになった今でも常に "ホンモノ" を探し、そのロマンに胸をときめかせる。
ミュウは、ミュウはいたんだ。
いやーーーでもほんとお前はいつもオレをわくわくさせてくれるね。
たぶんこのnoteの内容とか見たことないやろうけど、もしこれ読んでたら、一応めちゃくちゃ失礼なイジり方してるからもうここでタブ閉じてな。頼むで。閉じろよ。まじで。
これのせいでヘコんだとか言われたらダルいから。
反5G運動、併せて語られるコロナフェイク説、これが実際のところどうなのか、という部分の言及は避けたい。
が、社会不安が増すと、比例して陰謀論が増える、というのはいつの時代も同じ。
Wikipediaで『陰謀論』と調べると、『陰謀論の一覧』というディレクトリに凄まじい数の項目がまとめられている。
上から気になったやつを読んでたらマジで六角電波を受信しそうになったから頭にアルミホイルを巻いといた。
仕事や人間関係がうまく行かず、孤立して、満たされない、見放されたような不安な気持ちをなんらかの方法で満たそうとしたときに、陰謀論みたいな過激な論調に出会うと、自分が特別な何かの一部分になったような、そんな気がしてすこし安心できるよね。
誰もが自分が特別だと信じたいもんね。わかるよ。
わたしも、全然満たされてなかった不登校の頃に、ネットというダンジョンから拾い上げてきた過激な健康情報に踊らされてたから。
カフェインで脳が萎縮すると言われれば、小さい頃からすでにカフェイン中毒気味だったくせにすぐにカフェインを断った。
そもそも好き嫌いが多すぎてかなりの偏食だったのに、肉食が肌荒れと体臭につながると聞いただけで、その日からお肉を食べることをやめた。
その他、書くのにすら結構手間がかかってしまうことまで、一通りやってみた。
オナ禁はほんとにハマった。あれは完全に有害宗教といって差し支えないもので、なかなか抜けられなかった。
どんどんおかしなことを始めるわたしに、家族の誰もがどう対応すべきか図りかねていた時、『湯シャン』に出会った。
市販のシャンプーは有毒成分で満たされており、それは頭皮という薄い膜を簡単に通り抜け、体の中に蓄積されていく。
それが証拠に、帝王切開をすると、切り開いた子宮の中からシャンプーの香りが漂うという。
我々は化粧品メーカーのがめつい策略にとらわれているだけであり、人間はそもそもシャンプーなどせずとも問題はない。
昭和初期までは洗髪は月1回でも十分とされていた。
今こそ人間本来の生活に立ち返るべきだ。
毒入りのシャンプーは捨てて、髪は、お湯で流すだけにしよう。環境にも優しい。
シャンプーを急にやめれば、体から毒素が抜けることにあわせて、2週間ほどはフケとかゆみに悩まされるが、それは体が生まれ変わり始めていることのあらわれであり、この時期を乗り越えさえすれば、毒にまみれてごしごしと頭を洗わずとも、髪の毛をお湯でただ流すだけで、さらさらでフケ知らず、世にも美しい人間本来の髪を取り戻せる、というものだ。
すぐに実践した。幸い学校に行くことはあまりない。
最初の2日で完全に臭くなった。
頭がおかしくなっているとは言え、その頭の表面はまるっきり健康で、特に問題を抱えていない十代の若者ならば当然である。
このままで2週間耐え抜くのはヤバいのでは…?という不安が、洗ってすらないくっせえ頭にもさすがによぎってしまい、対処法を調べてみた。
「指の腹で優しくマッサージをしながら湯シャンをしましょう」とか書いてた。馬鹿かよ。
その晩、お風呂に入るときには丹念に頭皮マッサージをした。馬鹿だろ。目の前にあるシャンプー使えよ。
その生活をしばらく続けると、見たこともないほど髪がべとつき、むしろ、フケも飛ばないほどになっていた。
痒みは常にすさまじく、頭をすこし掻いただけで爪の間に垢がたまるほどになっていたが、これも試練、とかって自分をなだめた。
8日目、そろそろ髪切ってこいよと母から注意された。
髪型について母から指摘された経験はほとんどないが、学校も行かずいろいろな謎の健康情報実践に耽り、突然、見た目すら社会生活に適さなくなってきた我が子に、もしかしたらマジで危機感を覚えたのかも知れない。
その我が子はというと「チャンスだ」と考えていた。
この、最高の状態へ近づきつつある髪を、頭皮を、プロに見てもらえる。
痒みを防ぐ方法とか聞こう。湯シャンの経験談とかももしかしたらうかがえるかもしれないし、さらに何か、いい健康情報なども知れるはず。期待に胸がふくらむ。
学校へすら通えない出不精なのに、普段は行かない、繁華街からすこし離れた静かなエリアにあるおしゃれ美容室へと、すぐに足を運んだ。予約なしの直来店である。
偶然にもお店に他のお客さんはおらず、すぐに席へと通してもらえた。
「今日は髪どうしますか~?」「えっと~~」
という定形会話を始めようとした段階で、軽く頭を触った女性の美容師さんがビクッとした。
体ごとビクッてしてた。
慎重に髪をより分け頭全体を確認してから、
「ごめんなさいちょっと待ってくださいね」
と言いつつ席を離れ、その女性は裏へと消えていった。
そしてすげえ頼りになりそうなヒゲ面の男性美容師さんを連れて戻ってきた。
あれ?
まだ "最高の髪" が完成していない段階だとは言えど、まったく褒められてない……。
ヒゲ面の男性は、挨拶もそこそこに、こちらに目も合わせず髪の毛全体を触っていった。顔をしかめたり、不安そうな顔で、同じ表情の女性と小声で何事かを相談する。こちらへは一言も発さない。
しばらくしてから、めちゃくちゃ言いづらそうにしながらも、そっと、
「あの~…シャンプー、苦手だったり、します……??」
もしくは…あの~……お風呂に入りづらい事情があるだとか…。」
頭がおかしくなっているとは言えど、対峙している人が喜びに打ち震え興奮しているのか、もしくはまじで焦って狼狽しているのか、というのはさすがにわかった。
そして最大限に気も遣われていたし、なんなら普通に心配されていた。
「えっ…あっ……ハイ…。」
「だいぶその…汚れがたまってまして…ひとまずしっかり洗わせてもらっていいですかね…?」
その時期は特に、理由もなく他人を怖がっていた。
おしゃれな人、美容師さんなどなおさらである。
自分が不登校になった理由はいまだに覚えていないが、人前に出ても怯えることのない、自信がほしかったのかも知れない。
健康へのこだわりでは、その自信は得られないのかも知れない。
とりあえずこの想定外の状況に対し、反論を挟む "自信" は、今の自分は持ち合わせていない。
すっきり髪を洗ってもらって(丁寧に2度洗いされた)、髪も短めに切ってもらって、1週間以上ぶりに髪の間を軽快に通り抜ける風を気持ちよく感じた。
健康へのこだわりで人に迷惑をかけることは良くないなと思った。
この経験により、おしゃれにすこし興味を持った。
もともと慣れないところで長時間座っているのが苦手だという理由からビビっていた美容院に行くことがほとんどなくなり、自分で髪を切り染めるようになった。
こないだ、飲み屋さんで会ったインフルエンサー美容師さんに「髪、どこで染めてるの?」って聞かれてびびって
自分でやってるとは恥ずかしくて言えず、「キッッ近所のとこでしゅっ」って早口で答えた。
ここから先は
¥ 300
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?