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大事と大事で交換こ

 機械街は一度死んだ浮遊街である。
いつかの時代にそこに存在していた文明の大多数とすべての生き物が滅び、
けれど偶然にも地上に降りていた住民により息を吹き返したのだという。
ただそれは滅びてから100年以上後の話で、今も残る街の文明も技巧も理解している者はいない。そしてそれを探求しようという住民もいないのだ。
「危ない理由があるから、ご先祖も街も無くなって真っ白になっちまったんだ。そんなら巻き戻すような真似はしない方が良い」というのが彼らの言い分で、そう言われると……と思ってしまう。
それでも、機械街の文明は他の国々よりも高度な位置にある。
浮遊バイクやら量産用コンベアやら、歯車とバネと油で組み上げられるものはなんでも作ってみせるのだ。
そして自分たちで作れないものは、自分たちで組み上げたものを売って仕入れる。
特に彼らにとっての活力源になっている「甘いもの」を特産品としている赤の国は、格好のお客様だ。
その日機械街に住む彼は浮遊バイクでもって、赤の国の大臣へ納品の歯車を期日通りに届けていた。
「これが今回の納品の品です」
チャリチャリ。
彼が動くと、体のそこかしこに着けているベルトやチェーンなどが音を立てる。
それらは全て仕事道具を留めておくのに必要なもので、武骨でくすんだ色をしている。
「……」
「はい、確かに受け取りました。またよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。いつもこんなに注文してくださって、助かってます」
きゃらきゃら。
動きによって小さく、時に大きく鳴るそれは、金属なのに柔らかく心地が良い。
「……」
「あなた方の街の歯車はとりわけ質が良いからいつも多めに仕入れるようにと、陛下からのお達しがありますからね。買い付けに来る工房用の機械を作る職人や祭用の絡繰りを作る職人にも、かなり好評なようですし」
「ははっ。そいつは嬉しいお言葉だ。みんなにも伝えなきゃなぁ」
じゃらん。じゃりん。
特に、胸に揺れる大きな鍵。王冠のような飾りと窓のような穴が空いた形をしているそれは、大きさも相まってかよく音を立てる。
「……きやきや!!」
そしてその鍵は
「へ?」
「なっ!?」
「きやきや!きれいね!」
赤の国の幼姫(おさなひめ)のお気にも召したようで。

とある日。機械街に多くそびえる古い絡繰りの塔(これも、何のために建てられたのかは分かっていない)。そのひとつの部屋から、大量の鍵が見つかった。大きさも形もみな違っていて、使用用途はまるで分からない。
けれど「なんかかっこいいから!」という理由だけで、発見した少年たちはえっちらおっちら鍵の入った大箱を街の広場まで運び、皆を呼び集めた。
そして住民たちも鍵を見て「なんかいいな!」と口々に言い、見比べていく。
地上との取引を担当する彼は、その中から王冠をかぶったような鍵を見つけた。武骨だけれど窓のような穴があるからか、そこまで重い雰囲気はない。「これいいなぁ」と眺めていると、彼の部下であり友人が言った。
「それお前がつけろよ」
「え?なんで」
「だって、その鍵がかぶってんのは王冠だろ?王冠は地上じゃ、リーダーとか偉い人がかぶるんだ」
「そうだけど、それがどうした」
「お前も俺らをまとめるリーダーだろ?だからだよ」
「なるほどなぁ……じゃ、着けてみっか」
そういって、いつも首に下げていた鎖に鍵を通してみる。
「どうだ?」
「おお!なんかいいぞ!偉そうだ!」
「そうか!」
……という、なんともゆるいゆるい発想の元。
彼のように地上に降りて取引をする者であったり、皆をまとめるような立場の者は、このような王冠のモチーフがついている鍵をつけることにしたそうなのだ。
そして赤の国の幼姫には、それがとても美しく見えるようで。
「きやきや!ちょーだい!」
女中たちの目をかいくぐって大臣と彼のもとに現れた彼女は、じぃっと鍵を見つめている。
「は……?きやきや?……ど、どれだ?どれです?これ?」
どれがきらきらなのか皆目見当がつかない彼は(それはそうだ。だって輝くものなんて一つもつけていない)自分の手足をわたわたと見回しながら、順繰りに指をさして聞いてみた。
「ちがう!」
「じゃあこれ?」
「ちーがーう!」
「えっと……これだ!」
「のんっ!」
「えぇぇ……?」
どれだどれだとまた自身を見まわそうとすると、姫が指さした。
「こぉれっ!」
「これ……?」
指の先。胸元には、古びた王冠の鍵。
「もしかして、この鍵のことですか?姫様」
「これ!きやきや!ちょーだい!」
「何を仰ってるんですか姫!」
そう言って、彼に手を伸ばそうとする彼女を大臣は慌てて抱き上げた。
「きらきらはあなた沢山お持ちでしょう!」
「やーぁ!きやきや!」
「あ、あの、大臣様」
「あぁ……失礼しました、では、次回もお願いいたします」
そう告げると、大臣は姫の女中探しに走って行ってしまった。
「えぇ……?」
と、少し呆けた彼を残して。

それからまた数か月が過ぎ、機械街の彼がまた来たのを姫は見かけた。
大臣が彼に何かを渡している。
「あれなぁに?」
と、姫は女中に聞く。
「あれは取引……お金、も違う……交換こをしているのですよ」
「こうかんこ?」
「大事なものが欲しい時は、大事なものと交換こをするんです」
「????ふうん」
完全には分かっていないけれど、でも分かったらしい姫は、また彼の胸元で揺れる鍵を見つめる。
あれは、だいじ?わからない。でも、きらきらできれい。
「こうかんこ」
だいじなら、だいじなのとこうかんこ。ひめちゃんのだいじ。だいじは……。

機械街の彼は、またも困惑していた。
大臣が使用人に呼ばれたので待っていると、ズボンのすそに重さを感じた。
下を見ると裾を小さな手で握る、かわいらしい装いの姫君。
また女中達の目をかいくぐってここに来てしまったのだろう。
逃げおおせたのが嬉しいのか、目がきらきらと光っている。
「姫様、また大臣に怒られますよ?」
そう言いながら、姫と同じ高さに視線を合わせる。
抱き上げるのも造作ないことだったが、王族の、しかも二人が大層かわいがっている姫君だ。何かあったら自分の命が危ない。
「これ!」
彼の顔ギリギリに、ずいっと自分の手を突き出す。
「うぉっ!?」
その手にはちいさな、白い紙袋。何かがぽこぽこと小さなものたちが入っているように見える。
「こうかんこ!」
「へ?なに?こうかん??」
「きやきや!こうかんこ!」
言いながら、姫は彼の胸元を指さす。おおよそきらきらとは言えない、古びた、枯れた色をした鍵。
「きやきや、こうかんって……これと交換したいってことです?」
「うん!」
「えぇっと……」
ぐいぐいと押し付けられた袋を広げると、そこには黄色と緑が溶け合った色をした星飴たち。ずっと握っていたからか、少し溶けかけているものもある。
「これは……」
「だいじ!こうかんこ!」
え?と顔を上げると
「またここにいらっしゃった!」
「おぉ、機械街の。世話をかけたな!」
姫の頭上辺りから、大臣と女王陛下の顔が見えた。
大臣は慌てた様子で、陛下はいつも通りの楽しそうな笑みを浮かべながらこちらへ向かってくる。
「いえそんな……というか俺、姫様からこれをいただきまして……なんか、俺がつけてるこの鍵と交換したいらしいんです」
そう言って、今しがた渡された星飴の袋と鍵を陛下におずおずと差し出す。
「それは姫が一番好きな色の星飴だな……それで、お前がつけているその鍵と交換したいと」
「はい。で。でも俺は交換でなくても、陛下がよろしければこの鍵を姫にお渡しし「つまり姫は取引をしようとしたのだな!」」
「……はい?」
「大事なもののように見えるお前のその鍵を手に入れるには己の大事なもので取引をすればいい、そう姫は考えたわけだ!なんと賢い!さすが私と王のかわいい子供‼天才ではないか!」
姫を抱き上げながら、くるくると回りだす女王。
何か分からないけど、でも楽しくて笑いだす姫君。
「なる、ほど?でもこれはただ見つけたものですし、交換でなくても……」
その言葉に回るのをやめ、少し真面目な顔で女王は「いや」と返す。
「それではだめだ。姫はそれに価値を見出したのだ。そして己の大事なものと取引をしたいと思ったものなのだ。だからそれは受け取れ」
「……価値を、これに……なら、受け取らせていただきます。そしたら取引の品として、こちらを」

「ということがあって初取引をしたのが、この鍵だ!」
「はぁ……」
とあるおやつの時間。
「聞いてくれ店長!姫は天才だ!」
という大声、そしてバァアンとけたたましく鳴る扉の音と共に来店した陛下は、初めて取引をしたという幼姫の話をし終わると紅茶を一口飲んだ。
ここは宵々通りの裏の裏にあるお店、Laden(ラーデン/ドイツ語で「店」という意味)
この場所へは一定の条件を踏まないと扉が繋がらないのだが、ひょんなきっかけから赤の国の女王はこの店へと迷い込んでしまった。
そしていつしかお得意様であり、貴重な話し相手のひとりとなったのである。
「いやー、話した話した。おかげで茶がより美味い!」
「一時間近くあらましを話していらっしゃいましたもんね……」
Ladenのお手伝い兼、クヴァレ(ドイツ語で「クラゲ」という意味)が紅茶をつぎ足しながら返す。
あの声量で、しかも身振り手振りを交えて話していれば水分は足りなくなるだろう。
まるで一つの劇を観ているかのようだった。
「紅茶よりもお水の方が潤いますから、今お持ちしますね」
「あぁ、頼む。それで、なぁ店長!姫は賢いと思わないか?」
そう言って、もう一人の相手の元を振り返ると
「素敵な鍵をもらいましたねぇ姫♪とってもお似合いですよ♪」
「えへへぇ♪」
こちらの言葉など全く耳に入れていないとばかりに、抱いて連れてきた姫君と戯れていた。
こんな振る舞いをするのは王と彼女くらいだろう。
紅巳(イロハ)。Ladenの店長であり、女王のお気に入りの話し相手。紅茶色の長い髪に、大きな蝶の飾り。魔法使いのような衣服にも蝶の飾りがあしらわれている。紅茶色の瞳は硝子のようで、その視線の先は姫が握る鍵に注がれていた。
「こんな鍵が機械街から出てきたとは……当店でも仕入れられるかしら……」
「おい。おーい、イロハ。店長」
手は姫をあやし、口は何やらつらつらと呟いている彼女に、もう一度呼びかける。
「なんです?陛下」
「いやだからな、姫は賢い子ではないか?と」
「?あなたと王のお子ですから、それくらい造作ないことだと思っていましたけれども」
心底不思議そうな顔で言ってのける彼女。なぜ今更そんなことをと、少し呆れているようにも見える。
「賢しく、そして熱のある方の元には同じ意志を持った子が来るものでしょう。どんな齢(ヨワイ)であろうと、いつかこのようなことが起こると私は思っていましたよ」
「そ、そうなのか」
「だとしても、まだ一桁の歳でやってのけることではないと思いますけどね……」
少し拍子抜けしたような返事をする女王に、水を持って戻ってきたクヴァレは同意する。
「それよりもこの鍵ですよ!本当にあなた方は見る目があります!」
そう言いながら遠慮なく姫を抱き上げ、鍵を自らの目線まで持って行く。
高い高いをされて(本来の意図ではないが)嬉しくなり、「きゃーぁ♪」と喜ぶ姫君。
「このままでも十分に素敵ですが、少し手を加えたくもありますねぇ……よしっ♪」
一旦姫を胸のあたりに抱き直すと歩み寄り、カウンターの椅子の一つへ座っている女王へと託す。
「?なんだ?」
「ナナセちゃん、ナナセちゃーん!」
くるりと背を向けると、ずらりと並ぶ棚の森に向かって叫んだ。
その声にどこからかくぐもった返事と、あきれ顔を浮かべるクヴァレ。
「なぁにぃ店長……まだ明日じゃないけどぉ……?」
「明日ではありませんが、明日では間に合わないのです!」
髪飾りの蝶から舞い散る鱗粉で、硝子玉の瞳をよりきらめかせながら彼女はお決まりの文句を言う。
「さぁ、お仕立ての時間です!」


その日Ladenで仕立て上げられた鍵の首飾りは、赤の国のみならず機械街でも人気の作品となり(赤の女王がそれはもう自慢した「我が娘の初めてのオーダーだ!」)
歯車の仕入れ先である機械街の住民たちは喜んで歯車を量産し、星飴の制作者である飴職人の彼は女王と店長に盛大に悪態をつきながら星飴を倍速で作る日々が続き、そして届けられた大量の星飴を見てLadenの店員(店長以外)が奇声をあげたのは、また別の話。




おまけ

「お仕立てをするんです!ですから早く起きてこちらに来てください!」
「……店長一人でもできるでしょぉ」
「できる者が二人いたら、もっと素敵な作品が仕立てあがるではありませんか!」
「……」
その言葉で布を引きずるような音と共に現れたのは眼鏡をかけた、少しくたびれたような顔をした黒髪の女性。着物を洋服と組み合わせて袴のようにして着ているらしく、くるまっている毛布の隙間から和柄と着物特有の袖が見え隠れしている。
Ladenの広報から仕入れまでなんでも請け負っている、名々瀬ゆづるだ。
「陛下の声はおっきいし、店長の声も響くから大体というかほぼ内容聞こえて分かっちゃってるけどさぁ……」
「楽しそうでしょう?」
「…………終わったら寝ていい?」
「さっきまで寝ていたでしょうに……まぁ、いいですよ」
良いですよじゃないんだよぉまったくとぼやきながら、名々瀬はふらふらとカウンターに入り、準備を始める。
「寝ていたのか?あそこで?」
ようやく口を開けるくらいまで頭が動き始めたのか、赤の女王が尋ねる。
まぁ、こんな敷物も無く木張りの床で寝ているとは、想像はつかないだろう。
「ナナセちゃんはどこででも寝られる体質なんです」
「名々瀬はロングスリーパーだけど誰かさんのせいでいっつも睡眠時間が短くなっちゃうんで、倒れないようにこまめに寝ないといけないんです。その結果かったい床の上でも冷たーい床の上でも、上着とか身体をくるめるものがあればぜーんぜん平気なんですよねぇ、これが」
店長の方を少し睨みながら、名々瀬はカウンターの引き出しや自身の持ち歩いているトランクから、材料を取り出す。その視線に紅巳はどこ吹く風だ。
「身体がおかしくなったりは……」
「場所によってはバッキバキに固まっちゃうけど、寝ない方がしんどいですしねぇ。と、店長、準備できたよ」
そう言って名々瀬が用意したのは、幼姫お気に入りの、夏の日差しと若葉の色が溶けた大小さまざまな星飴の瓶。そして、これまた様々な大きさと形の、枯色をした歯車たち。

「ありがとうございます、ナナセちゃん♪では、姫様」
カウンター越しに、女王の膝上でクッキーを食べている幼姫に問う。
「あなたの好きを、教えてくださいな!」

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