見出し画像

公立中学校に勤める28歳男性の話

What’s his job?
英語教員として公立中学校に赴任。1年次から持ち上がりで各学年の担任を経験しており、取材時点では3年生のクラス担任を担当。学級経営のほか英語の教科担任や、学校全体のALTのスケジュール調整、校内の安全点検など校務分掌を行っている。また運動部の顧問としても生徒指導にあたる。


学校の役割について

「行ってやってもいいか」。
学校は、そう思えれば十分な場所。

「生徒が安心して学校生活を送れること。これが、私の仕事にとって最も重要な使命だと思っています」。
彼は笑顔や活気のあふれる場所として、学校という場を捉えていない。子どもが「まあ行ってやってもいいかな」と感じてくれれば、それで十分だと考えている。
「生徒たちは、毎日学校で、塾で、時には家でも、人間関係や勉強のことでプレッシャーにさらされている。いつ心を休めているんだろうと感じます」。
なかでも学校は、家庭環境もめざす進路も異なる子どもたちが大勢集まり共同生活をする場所。何気ない日々を送るのでさえ、心身のストレスは避けられないはず。だからせめて学校が、自分の存在価値を脅かす場所ではないように。その場にいることが苦痛でないように。そう考える背景には、彼自身が高校時代に、学校へ行くことに心が疲れてしまった実体験がある。
「学校を休みがちだったタイミングで、母を介して担任の先生から“学校に来ていないけど、今後どうしたいのか聞きたい”と言われたことを強く覚えています。そんなことを言ってほしくなかったと強烈に感じたことを生々しく記憶しているんです。高校生活の中では、それしか覚えていないぐらい(笑)」。
彼は生徒と交わす会話や、ノート上のやりとりの一言一言を通して、学校が子どもたちにとって「いても大丈夫だと感じられる場所」になるように腐心する。

教育方針について

言うことを聞くだけ。顔色を伺うだけ。
そんな大人にならないように。

彼は生徒一人ひとりの、人としての自主性、自律性を育てたいと考えている。クラス担任は年度初めに、学級経営にあたっての方針を定める。3年生のクラスを受け持った最初の日に、彼は生徒に対して「僕がいなくても滞りなく学校生活を送れるクラスになってほしい」と伝えた。その意図をこう話す。
「時計を見て動けるとか仲間と進んで協力するとか、人として大切なことをきちんと培ってほしいのです。受験のための知識を取り入れるだけなら、YouTubeのほうがわかりやすいこともある。学校は、教育のプロが人間形成にも関与することで大きな価値を持てると思うから」。
だから彼の生徒が、人として考えるべきこと、なすべきことを怠ったときには厳しく指導する。それを彼は「譲れない一線」と表現する。決して叱るのは得意ではない。教室が間違いなく重苦しい雰囲気になるから、叱りたくもない。それでも、クラスの仲間が不愉快に感じるようなことをしてしまった生徒には「それは許さない」という姿勢を見せる。
「ある子が、欠席が続いていた生徒の机にドカッと荷物を置いていたことがありました。悪気はなかったと思います。でも想像力の欠けた行動だった。もしその子が登校してきた時に、自分の席に荷物が置かれていたらどう感じるか?“配慮が欠けているよね”と、みんなの前で諭したことがありました」。
生徒全員が安心して学校生活を送るため、その一線だけは譲らない。それを伝え続け、態度で示し続ければ、おのずと生徒も指導の理由を理解し、すべきことや、してはいけないことの判断がつくようになる。逆に指導の基準が曖昧だと、生徒はただ教員の顔色を伺うだけになり、言われたことしかできない人になってしまう。子どもたちの思考力を養うのも奪うのも、教員の責任は大きいと彼は考えている。
 
生徒の自主性を促す姿勢は、授業スタイルにも現れている。彼の中学校では「共同学習」を行う。例えば、ある問いに対して教員から指名された生徒一人が回答するのではなく、隣り合う生徒同士で回答を話し合う。あるいは「〜ismが付く単語を多く答える」といった、解が複数ある問いに対してアイデアを出し合うといったスタイルだ。うまく進めば活発な授業になりやすいメリットがある反面、昨今、塾に通う生徒と通っていない生徒の間での学力の差が大きな課題となるなか、授業レベルのバランス取りが難しい。
「学びへの意識が異なる生徒同士をつなげ、授業に前向きに取り組んでもらうため、日々頭を悩ませています。毎回オリジナルの教材を作っては、おもしろがってもらえる方法を模索しています」。
深夜まで残ってプリントを作り、授業に臨んでも、手応えを得られることはめったにない。それでも、数十人が集まる教室だからこそ意味をなす授業を届けてあげたいという思いが原動力となっている。
「私だけがしゃべっている授業では生徒の顔から覇気がなくなるし、私も楽しくないんです」。

めざす姿について

人をつなぎ、世界を結ぶ。
子どもたちの可能性を、英語で紡ぐ。

インタビュー終盤、彼から意外な言葉が飛び出した。
「実は今後、高校や、ほかの教育現場で働くことも視野に入れたいと思っています」。
そしてこう続けた。「この3年間、学級経営に携われたのは本当にありがたいこと。でも、英語を教えるプロとしてもっと力をつけたいという思いも強まりました」と。中学校に勤務していると教科担任以外の業務量が多く、さらに彼の場合は運動部の顧問まで掛け持っているため、授業の準備に割ける時間がどんどん少なくなってしまう。英語教員としてもっと、わかりやすい教え方、伝え方を考え、楽しい授業へとアイデアを結びつけていきたいと感じているのだろう。英語という「ツール」を使って、生徒たちに、人とつながろうとする姿勢をつけさせるのが彼の目標だ。
 
「生徒が授業を静かに聞いている時って、実は何も頭に入っていないんです(笑)。むしろ少し騒がしくて、周りからは“ちゃんと授業になっているのかな?”と思われるぐらいのほうが、生徒たちの印象に残っていて学びも定着していることが多いです」。
彼は、英単語や文法を正しく覚えてもらうこと以上に、つながり分かり合うことの大切さ、楽しさを感じられる授業づくりを心掛けている。
「単語がわからなければ、ジェスチャーを使える。表情を使える。全身を使ってコミュニケーションをとって、相手と通じ合えた瞬間の一体感や喜びを、英語の勉強で伝えていきたいんです」。
英語を軸に、子どもたちのこれからの世界との向き合い方を育みたい。志を胸に、彼は挑戦の場を探し続ける。


※内容は取材時点の話のため、現在とは状況が異なる場合があります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?