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大手不動産仲介業者に勤める29歳男性の話

What’s his job?
転職後2年目。都市部の住宅地エリアを担当しており、30代からシニア層まで幅広い年代の顧客の物件売買を仲介している。内見対応や不動産査定はもちろん、契約業務や顧客のニーズ調査、合間を縫って物件のチラシ配りといった販促活動など、日々多様な業務をこなす。


転職理由について

コロナ禍に結婚、家の購入。転機をつかみ、
収入を上げる方法としての転職だった。

「将来的には独立したいと考えています。自分のペースで仕事を回していきたいんです。今みたいに連日、初対面の人と話をしながら仕事をするのは精神的に疲れてしまうから」。
インタビュー終盤、彼の口から出てきたのは意外な将来設計だった。現在、不動産仲介スタッフ2年目。居住・投資を目的とした物件の売買を担当し、ようやく業務にも慣れてきた頃。「お客様の理想の物件探しをサポートし、喜んでもらえる仕事の楽しさを実感し始めた」という言葉を聞いたところだったからだ。
 
「私は妻と子どもとの時間を大切にしたいので、毎日自分が機嫌よく仕事をして、家族みんなでいつも和やかに過ごしたいという思いが強いんです」。
不動産業への転職を決めたのもまさに、家族との暮らしを優先的に考えた結果だったという。新卒で入社した旅行事業会社に在職中、結婚するも、まもなくコロナ禍に。本来の業務である地方自治体への観光プラン提案などができなくなり、主にテレアポ業務を割り当てられた。
仕事の先行きが見えづらい中で、家の購入も重なり「もっと稼げる仕事に移らなければ」と考えたという。もともと転職先に不動産業という選択肢はなかったが、ちょうど家を購入する際の担当者に親身に相談に乗ってもらう中で「こんな仕事もいいかもしれない」と視野を広げた結果、現在の会社に移った。

現在の仕事について

「頼り方」を覚えることが、スキルアップにも
顧客の満足度にもつながると思う。

心機一転、と言えば聞こえはいいが、転職後は苦労の連続だった。いや、入社して2年半経つが、ほんの数カ月前まで苦しい時期が続いていたという。
まず、日本では宅建士の資格をとらなければ不動産の売買契約を一人で完遂することはできないが、当初彼はそのような資格を持っていない。顧客の相談に乗ったりおすすめの物件を紹介したりすることはできても、契約段階になると先輩にバトンタッチしなければならない。仕事のたびに「半人前」の烙印を突き付けられるような感覚があった。さらに宅建士の資格を取得してからも、まだまだ経験不足の業務ばかり。書類手続き一件を終えるにも時間がかかり、効率が上がらない。ノルマとなる売上達成には程遠い。
 
業界未経験の新人なのだから仕方がない、と割り切ってしまえばよいのではないか。そう尋ねると、彼は苦しみの一因を教えてくれた。
「やはり中途は、“新卒”とは違うんです。業界未経験とはいえ“中途”には、基本的には即戦力として活躍することが求められます」。
新卒から仕事を始めている同年代のスタッフは、ほとんどの業務を独力でそつなくこなす。一方自分は、何をするにもまず先輩に尋ねることから。しかし誰に尋ねたらいいのか、何を尋ねたらいいのかさえわからない。勤務中の全てが試行錯誤だったという期間は、それはストレスフルだっただろう。
それでもがむしゃらに働く中で、少しずつ「頼り方」がわかってきた。そもそも不動産売買には、法律や金融を中心にさまざまな領域の専門知識が組み合わさって成り立つ。宅建士はそれらを総合的に把握し管理する資格を持つとはいえ、契約条項や登記の細部までを厳密に理解するとなると、どうしても司法書士や税理士などの力が必要になる。また物件に関しても、管轄エリアによって得意不得意が出てくる。彼は苦しむさなかにも、周囲を観察し、どんなシチュエーションで、社内外の誰を頼るべきかを学んでいった。
人に頼ることは決して「逃げ」や「成長の妨げ」ではないと彼は考えている。
「自身のあいまいな知識で、その場しのぎで業務を進めるより、確実な知識を持っている人に教えてもらった方が、自分に正しい知識が上書きされてプラスになります。それに早く正確な仕事ができるから、すばやくレスポンスできて、最終的にはお客様にとってもメリットになると思うんです」。
着実に知識と経験を積み重ねながら、要所で仲間の力を借りることで、ついに先日、入社以来はじめて、半年間の期間ノルマとなる売上を達成できた。「自分の居場所を確保できた」と感じた大きな瞬間だったという。売上の良い週、良くない週と、好不調の波を経験しながら、とにかく自分の裁量で仕事を進めて目標を達成できた。この会社での第一歩を踏み出せた。その実感を得たことが、大きな自信になった。

今後のキャリアについて

家と人生をつなぐノウハウを、
地方の活気を生み出すビジネス創出に。

その半年間で得た実感として、彼は「要望の核心を捉えること」が不動産仲介業に携わる上で必要な力だと話す。
「簡単に言えば“聴く力”ですが、ただ相手の話を引き出せばいいということではありません。結局、1の話から2感じ取るか、10まで感じ取れるかはこちらの力量にかかっていますから」。
例えば「広い家がいい」という要望があったときに「子育てのためだろうか」と想像できるのは、1を聞いて2感じ取れる人。一方で「子育てのためだろうか、あるいは車いすの人への介助などが必要なのだろうか、であれば段差についても確認しておかなければ。あるいは将来的に親を呼び寄せたいと考えているのだろうか。後でご家族についても可能な範囲で聞いておきたい…」と複数の選択肢を持って考えられる人と比較すると、顧客との対話の内容も提案の質の差も歴然とした差がつくのはよくわかるだろう。知識に裏付けられた想像力をもって顧客と接する。その中で要望の解像度を高めていく。それが仲介人としてのスキルだと考えている。
それでも「どれだけ考えても、考え抜いたということはありません。お客様の人生を左右する買い物に関わっているのだというプレッシャーは常にあります」と彼は言う。購入契約を交わす最後の瞬間まで自分はもちろん、それ以上にお客様は迷い、悩んでいる。何の迷いもなく契約の判を捺せる人はおそらく一人もいない。さらに、物件を引き渡した後は基本的に業者側からは顧客に関与できないため、答え合わせの術がない。
だからこそ街で偶然出会ったり手紙を送ってもらったりして、顧客から感謝を伝えてもらえると報われた気持ちになるのだと言う。世の中には数多くの職業があるが、今後の人生を見通して共に悩み、答えを出した結果が一つの正解にたどり着けたのだと実感できる場面はそう多くはない。彼が「人に喜んでもらえる仕事の楽しさを実感し始めた」と語った所以だ。
 
それから独立という考えに至るにはどんな経緯があったか。不思議だったが、彼にとって、というより不動産業界に勤める人にとっては比較的自然なことらしい。資格を持っていると独立しやすく、その後の収入も­­不安定になりにくいので一定の経験を積んでからは独立傾向が強い。
彼自身、前職ではいかに社内で昇格していくかを考えていたと言うが、転職後に独立を視野に入れるようになった。ただ、今と同じ「不動産で」とも考えていないようだ。
「せっかくだから自分でないとできないことがしたいですね。今仕事をしているのは都市部ですが、私はもともと地方の課題解決に関心があります。空き家をどう生かすか、地方創生をどう実現するかといった視点と、不動産の知識を掛け合わせることでビジネスとしても自身のキャリアとしてもユニークな価値を築きたいと思っています」。
今後も多くの人の人生設計に携わりながら、いつかは地域の未来設計をも担っていく。重ねてきたキャリアをつなぎ合わせ、どんな価値を生み出していけるのか。考えながら、新たな道を模索する。


※内容は取材時点の話のため、現在とは状況が異なる場合があります。

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