無題

「私(I)」と「私たち(We)」の行来で当事者意識を醸成する

2017年10月、情報科学芸術大学院大学[IAMAS]での同僚との共著『アイデアスケッチ—アイデアを〈醸成〉するためのワークショップ実践ガイド』が出版されました。この本におけるアイデアスケッチとは、イングランド出身のサービスデザイナー、James GibsonがIAMASに教員として参加し、他の教員や学生たちと共にプロジェクトを進めていく中で、さまざまな試行錯誤を経て醸成された方法論です。Jamesは、IAMASに来てアイデアスケッチを導入したばかりの頃、あることに気がついたと話してくれたことがあります。

一般的に、欧米の文化では「I(私)」を主語にして自分の意見を語ることが得意だといわれます。これに対して、日本の文化では自分の意見を述べることを躊躇しがちだといわれ、その理由の一つとして「We(私たち)」という視点を重んじるからだといわれます。しかしながら、アイディアスケッチを用いることにより、学生たちが躊躇することなく自分の意見を表現できることに気がついたそうです。彼は、『アイデアスケッチ』の中で次のように述べています。

驚くべきことに、この視覚的ブレイ ンストーミングの方法論を2時間用いるごとに、およそ100〜200の新しいアイデアが作成され、共有され、記録されました。その多くはプロトタイプとして制作され、のちにArs Electronica、New Interfaces for Musical Expression、Asian Digital Art Awards、文化庁メディア芸術祭、学生 CGコンテストなどの国際的なイベントで受賞しました。

これは、ここ数年間で公開と非公開をあわせてかなりの回数にわたってアイデアスケッチを繰り返してきた私としても同感です。一体、アイデアスケッチの中では何が起きているのでしょうか? ここで、アイデアスケッチのプロセスをご存じない方のために簡潔な説明を加えつつ、どのように主語が変化していくのかを見ていきたいと思います。

1. デザインチャレンジでは「私たち(We)」から出発

アイデアスケッチの出発点はデザインチャレンジです。デザインチャレンジとは、新しい、予期しない概念を発見するのに十分な広さで、かつ、扱いやすい狭さの問いで、これに対して答えようとすることで、さまざまなアイデアが自発的に生まれます。典型的には、「もし〜したらどうなるだろうか?」や「〜にはどうすればいいだろうか?」という質問の形式をとります。例えば、過去にIAMASで取り組んだ電子玩具をつくるプロジェクトのデザインチャレンジは次のようなものでした。

How might we create new electronic toys that would encourage and challenge the children of today?
今日の子どもたちを励まし、挑戦する新しい電子玩具をつくるにはどうすればいいだろうか?

また、先日開催したイベント「Idea Sketching in Tokyo」でのワークショップにおいては、次のようなデザインチャレンジを設定しました。

How might we use our commute time more productively?
通勤・通学の時間をもっと豊かに使うにはどうすればいいだろうか?

いずれも、英文では「How might we」で始まっていることからわかるように、主語は「私たち(We)」です。

2. マトリクスでは「私(I)」から「私たち(We)」へ

次はマトリクスです。マトリクスは、アイデアスケッチに複数の出発点を決めるもので、強制発想法的に意外な、あるいは予期せぬ状況や思考の状況を開く効果があるとともに、進捗状況を把握し、スケッチした結果を分類して伝えるための実践的な方法でもあります。マトリクスでは、who(だれ)とwhen(いつ)、who(だれ)とwhere(どこ)、who(だれ)とwhat(なに)など、2つの軸を設定し、それぞれの軸に対して候補のリストをつくり、7つを選び、その後に行うスケッチのセッション分だけ交点を選びます。ここで、前半でそれぞれが個別に候補を出して発散していく間の主語は「私(I)」です。これに対して、後半で数十個の候補の中から7つを選び、さらにその交点を選ぶ収斂では、グループでの議論を通じて進むため、主語は自然と「私たち(We)」になります。

マトリクスの例(作図:高見知里)

3. スケッチでは「私(I)」に戻る

次のスケッチでは、4種類のペンを使い、ルールに従って(システムや画面遷移ではなく)タッチポイント、つまり、人間が実際に見る、触れる、または使うものを描いていきます。このステップでは、参加者それぞれが黙々と描いていきますので、主語は「私(I)」になります。あらかじめ設定した時間(典型的には15〜20分間)が経過すると、順番にそれぞれのアイデアを紹介し、理解できないところがあれば質問し、あらかじめ設定した時間(典型的には10分間)で共有します。この共有により、多様なスキル、視点、経験を持つ人々の間でお互いへの理解が深まります。

スケッチの例(作図:高見知里)

スケッチと共有のセッションを必要なだけ繰り返したら、各自が描いたスケッチを全て壁に貼り出します。このとき、全てのスケッチが同じルールで描かれていることにより、誰が描いたものなのかが曖昧になります。

4. マッピングと投票で「私(I)」から「私たち(We)」へ

最後がマッピングと投票です。マッピングでは、1つ(例:実現可能性)または2つ(例:実現可能性と実行可能性)の軸を設定し、その軸に従って各自がアイデアを位置付け、お互いに「どうしてそこに置いたのか?」を質問しながら視点や知識を持ち寄って物理的にソートします。これにより、アイデアにフィルターをかける、優先順位をつける、自然と関係やパターンを見出す、お互いをサポートするアイデアを組み合わせる、といったことが可能になります。このとき、最初に貼り付けた場所から移動することにより、誰が描いたスケッチなのかがさらに曖昧になります。

投票では、小さな付箋紙を用いて一人あたり3〜5票で投票し、投票し終えたら、なぜそれを選んだのかアイデアごとに話します。投票は多数決により「民主的」にどれかを選ぶのが目的ではなく、さらなる議論を支援し、選択、議論、決定や、新しいアイデアを促すのが目的です。投票した理由を順番に共有することにより、声の大きい人が議論の流れを独占してしまったり、実はブレークスルー につながったかもしれないアイデアが単に票数が 少ないという理由で見落とされてしまうことも防げます。同じアイデアを選んだとしても、なぜそれを選んだのかは人それぞれで異なります。その理由をお互いに話すことにより、多様なスキル、視点、経験を持ち、異なる立場で参加する人々の間でお互いの理解が深まり、お互いに新たな視点が得られるのです。

「私(I)」と「私たち(We)」の行来は当事者意識を醸成する

このように、デザインチャレンジで投げかけた問いに対して答えるべく、主語が「私(I)」と「私たち(We)」の間を行来しながら、最終的に「私たち(We)」にたどり着くことにより参加者の間で「発酵」が進んでグループはチームとなり、その場で生まれたアイデアをなんとか実現させてみたいという当事者意識と擁護の気持ちが醸成されるのです。

「当事者意識と擁護の気持ちを醸成するにはどうすればいいだろうか?」というのは新規事業を担当している方や、異なる組織にまたがるプロジェクトをしている方に共通する悩みではないでしょうか? なぜなら、過去の延長線上にない新しいアイデアは弱く、不完全で、実績もないため、欠点を指摘して潰すのは簡単です。また、それぞれが利害関係を主張し始めると、簡単に暗礁に乗り上げてしまいます。これに対して、アイデアが生まれる場面から利害関係者に参加してもらうことにより当事者意識と擁護の気持ちを醸成できる、というのがアイデアスケッチの大きな特長なのです。ぜひ、さまざまな現場で活用してみてください。

リファレンス

James Gibson、小林 茂、鈴木 宣也、赤羽 亨『アイデアスケッチ―アイデアを〈醸成〉するためのワークショップ実践ガイド』BNN新社(2017年)

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