岐阜イノベーション工房_2018-06-01

テクノロジーの“辺境”(第2回)

このシリーズは、2018年6月1日に岐阜県大垣市で開催した、新規事業創出を中心としたイノベーションに関するシンポジウム「岐阜イノベーション工房2018シンポジウム:テクノロジーの“辺境(フロンティア)”」での基調講演を基に再構成したものです。

誤解2:イノベーションの成功確率は極めて低い

Druckerは、第1回でも登場した『イノベーションと企業家精神』(1985年)で、「実際には、成功したイノベーションのほとんどが平凡である。単に変化を利用したものにすぎない。」としたうえで、イノベーションには7つの機会があると述べています。

具体的には、イノベーションの機会は七つある。(中略)第一が予期せぬことの生起である。予期せぬ成功、予期せぬ失敗、予期せぬ出来事である。第二がギャップの存在である。現実にあるものと、かくあるべきものとのギャップである。第三がニーズの存在である。第四が産業構造の変化である。(中略)第五が人口構造の変化である。第六が認識の変化、すなわちものの見方、感じ方、考え方の変化である。第七が新しい知識の出現である。(中略)これら七つの機会の順番には意味がある。信頼性と確実性の大きい順に並べてある。一般に信じられていることとは逆に、発明発見、特に科学上の新知識は、イノベーションの機会として、信頼性が高いわけでも成功の確率が大きいわけでもない。

Druckerは、知識によるイノベーションを最後に位置付けた理由として、大きく2つをあげています。まず、新しい知識が出現してから技術として応用できるようになり、さらに市場において製品やサービスとするには長いリードタイムを要します。例えば、ディーゼルエンジンがその発明から40年近く経ってようやく実用化されたように、多くの例で25年から35年を要しています。次に、科学や技術以外の知識を含めたいくつかの異なる知識の結合が必要です。例えば、ライト兄弟の飛行機の実現には、自動車の動力として開発されたガソリンエンジンと、グライダーによる実験の結果得られた空気力学という、互いに関係なく得られた異なる知識の結合が必要でした。

このように、実際にはリスクが大きいにも関わらず最先端の技術に注目してしまう傾向に対する考え方として参考になるのが、横井軍平さんの「枯れた技術の水平思考」です。横井さんは、かつてトランプや花札の会社でしかなかった任天堂が、世界の任天堂と呼ばれるまでの発展に大きな貢献をされた方です。横井さんは、『横井軍平ゲーム館:「世界の任天堂」を築いた発想力』に収録されているインタビューの中で次のように語っています。

私がいつも言うのは、「その技術が枯れるのを待つ」ということです。つまり、技術が普及すると、どんどん値段が下がってきます。そこが狙い目です。例えば、ゲーム&ウオッチというのは、5年早く出そうとしたら10万円の機械になってしまった。電卓がそれくらいしていたわけです。それが量産効果でどんどん安くなって3800円になった。それでヒットしたわけです。これを私は「枯れた技術の水平思考」と呼んでいます。つまり、枯れた技術を水平に考えていく。垂直に考えたら、電卓、電卓のまま終わってしまう。そこを水平に考えたら何ができるか。そういう利用方法を考えれば、いろいろアイデアというものは出てくるのではないか。

横井さんは、この枯れた技術の水平思考という考え方でさまざまな製品を生み出しました。例えば、京都から東京まで出張する新幹線の中で、サラリーマン風の人がポケットから電卓を取り出して暇つぶしに遊んでいる様子を見て携帯型ゲーム機というアイデアを着想し、電卓に使われている技術を水平思考して生まれた「ゲーム&ウオッチ」(1980年)は国内外の合計で4,000万個以上という大ヒット製品になり、そこから生まれた利益をほぼ全て投入して「ファミリーコンピュータ」(1983年)が生まれました。また、テレビのために開発された液晶の技術がこなれて安く利用できるようになってきたタイミングをとらえ、液晶画面を搭載しつつも1万円台前半という安い価格の携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」(1989年発売)を開発し、こちらも国内外の合計で1億5,000万台以上と大ヒットしました。

枯れた技術の水平思考という考え方は、国内外の多くの人々が参照しています。例えば、大ヒットしたゲーム「Pokémon GO」をつくったNianticのCEO、John Hankeは最近のインタビューにおいて、枯れた技術の水平思考という考え方を参照していると語っています。

以前、任天堂のファミリーコンピュータの開発者と話をする機会があり『枯れた技術の水平思考』の話を聞いたとき、同じような理念を感じました。最新の技術ではなく、今の技術でどのようなことができるのか、見せられるのかを重視しています。

顧客が買いたくなるようなプロダクト/サービスをどんなふうに生み出せばいいのか、あるいは、新しいプロダクトのなかでどれが成功するのかを予測することができればイノベーションの成功確率を高めることができます。イノベーターだったはずの企業が次々と倒れていったのはなぜかを説明した「破壊的イノベーション」理論で知られる経営学者、Clayton M. Christensenは、『ジョブ理論』(原題はCompeting Against Luck=運との競争)において「片付けるべきジョブ」理論を提唱しています。これは、人々が「どんな〝ジョブ(用事、仕事)〟を片づけたくてあるプロダクトを〝雇用〟するのか?」を問うことにより、人々の行動の背後にある理由を知ることができるとするものです。Christensenは、この理論を説明するために「ミルクシェイクのジレンマ」というエピソードを紹介しています。

ファストフード・チェーンのプロジェクトにたずさわったことがある。「どうすればミルクシェイクがもっと売れるか」。その答えを求めて、このチェーン店は、すでに数カ月をかけて驚くほど詳細に調査していた。(中略)
売る側があれこれ努力しても、そのチェーン店のミルクシェイクの売上に変化はなかったのだ。そこで調査チームの私たちは、まったくちがう方向から課題に取り組もうと考えた。「来店客の生活に起きたどんなジョブ(用事、仕事)が、彼らを店に向かわせ、ミルクシェイクを〝雇用〟させたのか」(中略)ミルクシェイクを買う人たちのあいだに、人口統計学的な共通要素はなかった。彼らに共通するのはただ、午前中に片づけたいジョブがあることだけだった。「朝の通勤のあいだ、ぼくの目を覚まさせていてくれて、時間をつぶさせてほしい」

このように、人々がどんなジョブ(用事、仕事)のためにあるプロダクトを「雇用」するのかがわかれば、それに対してさまざまなアイデアを生み出すことができ、高い確率でイノベーションを成功させられるというのです。ここまでをまとめると、以下のようになります。

・予期せぬことの生起、ギャップの存在、産業構造/人口構造/認識の変化など、イノベーションにはさまざまな機会があり、それらを利用して成功したイノベーションが数多くある。
・知識によるイノベーション(≒技術革新)は、実を結ぶまでのリードタイムが長く、失敗の確率が高く、不確実であるため、「枯れた技術の水平思考」にすべき。
・人々の行動の背後にある理由を知ることができれば、顧客が買いたくなるようなプロダクトやサービスを生み出すことができる。

次回は、イノベーションは「斬新なアイデア」が最重要である、という誤解についてみていきましょう。

リファレンス

・Peter F. Drucker(著)、上田 惇生(訳)『イノベーションと企業家精神』ダイヤモンド社(2006年、原著は1985年)
・横井 軍平、牧野 武文(インタビュー・構成)『横井軍平ゲーム館: 「世界の任天堂」を築いた発想力』筑摩書房(2015年)
・Clayton M. Christensen、Taddy Hall、Karen Dillon、David S. Duncan(著)、依田 光江(訳)『ジョブ理論—イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』ハーパーコリンズ・ ジャパン(2017年、原著は2016年)

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