祖父、はじめての携帯電話

祖父のあんなに楽しそうな顔は、久しぶりに見たような気がした。

私の祖父は、家族の中でただ1人、俺には絶対に携帯電話なんていらないとかたくなに態度を崩さなかった。

そんな祖父が、腰の手術で入院することになった。約2週間の入院期間は、感染症対策で直接面会ができない。連絡手段がないのも心配なので、携帯電話を持ってもらうことにしたのだった。

「じいちゃん、携帯買ってきたよ〜」
そういって電話を目の前に持っていったが、特に反応がない。

なんか、これっぽっちも興味無さそうだ。大丈夫だろうか。

入院まで日数がなかったので、
・電話帳から選んで電話をかける
・かかってきた電話に出る
・電話を切る

とりあえず、これらの操作だけ教えることにした。

祖父に携帯電話を手渡した。と同時に、さきほど頭を過ぎった心配は無用だったことを知る。

携帯電話を手にするなり、とりあえずポチポチとボタンを押す祖父。さっきの無反応はなんだったのか。

家族のスマホや家の固定電話に電話をかける練習を繰り返す。電話に応答すると、通話を確認できたことに満足したのか、速攻で祖父は電話を切る。まるで迷惑電話だが、当の本人はニコニコと何だか楽しそうで、電話をかける手が止まらない。自分の祖父ながらかわいい。

その日、祖父は数時間でわたしと母、祖母、そして自宅に電話をかけることに成功した。何度も一方的にかかってきては切られる電話に、電話口の祖母と母は笑いが止まらないらしい。電話を通さなくても、台所から居間まで声が聞こえてくる。平和でなによりだ。

翌日、わたしは、ホーム画面から電話をかけるまでの操作をひとつずつ説明する資料を作り、祖父に渡した。

こんなかんじで、数枚作った

一通り目を通して放置されていたが、どうやら入院する時はしっかりとカバンに入れて行ったらしい。

それから毎日、入院先の病室から、毎日律儀に電話がかかってくる。
・もう起きたか
・今、ご飯を食べたところだ
・さっき、車椅子でトイレに行けた
・歩行練習のための靴を持ってきてくれ
・俺はぼけないから心配するな
・冷蔵庫の羊羹は看護師さんに一旦回収された

そんな報告だ。

わたしのいとこ(祖父の孫)にも電話をかけたらしい。いとこいわく、開口一番に
「俺だ、わかるか」
なんて言ってきたという。それは詐欺のやり口だよ、じいちゃん。

何はともあれ、声のトーンでお互いに元気なのがわかって安心する。

あんなに拒否していた携帯電話を、楽しそうに使っている。人って、やってみないと分からないな。退院してきたら、次は写真の撮り方を教えてみよう。自撮り、できるだろうか。

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