ニンジャスレイヤーTRPGサイドストーリー【ニンジャのデート】
一年を通して重金属の雲に覆われたネオサイタマにも夏が過ぎれば秋が訪れる。毎年数百人が命を落とすという殺人的な熱波も猛威を潜め、過ごしやすい季節の中で人々はスポーツ、読書、暴食、ユスリにカツアゲと思い思いのアクティビティを楽しむ。
ネオカブキチョ、キツネ通り。週末の街は多くの市民で賑わいを見せている。通行人の顔はそよ風に吹かれ、みなどこか心地よさそうだ。
酷暑の後の秋風を喜ぶのは人もニンジャも変わらないはずなのに――
「折角の休暇だってのに……めんどくせえ……」
アカネは苦々しげな顔でそう呟いた後、とうに味の失せたクロネコガムを道端に吐き捨て新しい物を口に放り込んだ。
「お行儀が悪いわよ、アカネ=サン」
手を繋いで隣を歩く少女がここぞとばかりに窘める。視界の端に非難がましい表情が見えるが、アカネはお構いなしだ。
「アタシがお武家の娘にでも見えるのか、お嬢様」
「たとえ貴女がスラムの孤児だろうがそれは個人の品性とは関係無いわ。『マナーが人を作る』って言葉、聞いた事無い?」
「ハッ…いかにもカチグミが使いそうな言葉だな。そういうのはさっさと忘れちまえ、腹の足しにもならねえよ」
キツネ通りの地域密着型マーケットを歩きながらアカネがつまらなそうに応じる。隣の少女はアカネの歩速に遅れまいと早足で付き従う。
マーケットの狭い道の両側には雑多な構えの店が窮屈そうに並び、これまた雑多な出で立ちの買い物客とすれ違う。頭上を覆うように数多く設置された金属製看板には「大抵揃う」「おいなり」「給料日はお祭り」等、地に足のついた抑制的な商売文句がカラフルなミンチョ体ショドーで踊り、来訪者達の消費マインドを控え目に刺激している。
「クイズを出してやろうか、ヒイロ=サン。どうして今日のアタシは虫の居所がすこぶる悪いのでしょうか?」
「……私だけ朝食のウィンナーがアカネ=サンより1本多かったから!」
ヒイロと呼ばれた金髪の少女はしばしの思考の末、会心の答えを放った。
「惜しいなァ。正解は『休みの日にまでガキの御守を押し付けられているから』でした」
「もうっ!アカネ=サン!!」
ご立腹のお嬢様。
「そーゆうトコ!!そーゆうトコだからね!!」
「何を買わないといけないか、ちゃんとメモしてきたんだろうな?」
屋台で調達したタイヤキを尾びれから齧りつつ、頬に餡子をつけたヒイロに訊ねる。
「えっとね……はい、コレ」
ヒイロの文字であろう、細い生真面目な文字の書かれたメモを受け取る。
「どれどれ……学校の指定書籍、運動靴、鞄、UNIXの予備バッテリー、靴下と下着……本当にただの買い出しじゃねえか」
「最初からそう言ってるでしょ。家の近くでも揃えられたと思うんだけど」
「まぁ、そうなんだけどさ。お前のパパが『デートしてこい』って言うから」
「アカネ=サンがエスコート役ってこと?」
「その辺の男よりよっぽどカッコイイだろ?」
ヒイロに流し目でウィンクを送ってみせるヒイロ。
「ふふっ…うーん、どうかな……とりあえず、そのほっぺを拭いてからもう一度言ってみて」
「ん?……あ」
「アカネ=サンって、結構カワイイだよ」
「知らん、さっさと買い出し行くぞ」
「あっ、待ってよ!まだ食べ終わってない…!」
「ピンとくるのが見つかって良かったな」
満足気な顔のヒイロを見てアカネの顔が緩む。少女の背中にはバイオ水牛革の鞄。
落ち着いた革の風合いとデザインもさることながら、ティーンの蛮用にも耐えうるタフな作りだ。ユーズドとはいえ多少予算オーバーだが…次の店で帳尻を合わせれば問題ない。
ヒイロがアカネの目の前でくるりと一回転、コマーシャルモデルのような表情を投げかける。ロケーションも服装もちぐはぐなアピールでつい吹き出しそうになるが、「似合ってるよ」一言そう返した。
「さて――次の店までだいぶ距離があるし、授業の方も済ませておくか」
「授業?」
怪訝そうな表情で聞き返したヒイロを気にせず、アカネが言葉を続ける。
「流石に一人は無いだろうけど……両親や友達とネオサイタマの通りを歩いた事があるか?」
「バカにしすぎだよ。カチグミのレディだってそのくらいの経験は……」
「周囲を黒服で囲わせたり道を封鎖したりしないで、だからな?」
「う……」
ヒイロの目が泳ぐ。これだから金持ちのお嬢様は…どうやらゼロからのレクチャーになりそうだ。
「あの夜も言ったと思うが、もう一度ハッキリ言っておく」
アカネの横顔を見て何かを汲み取ったのか、ヒイロも真剣な顔でアカネの言葉を待つ。
「ネオサイタマってのはクソの吹き溜まりで、自分で自分を守れない奴は存在を許されない最悪の都市だ」
「でもNSPDが……」
「マッポの到着は平均して通報から1時間後だ。お行儀の悪い地域はもっと遅くなる。それまでの間どうやって身を守る?」
遅くても来るならマシな方。そう言いかけたが、咄嗟に飲み込んだ。
「……せ」
「"正義のヒーロー"はナシだ」
「あぅぅ…!」
安請け合いはできないし、24h365dでアテにされても困る。ヒイロには悪いが、ワンオペのフリーランスには限界がある。
「……ヒイロ。お前が選んだのはそういう選択肢なんだ。このネオサイタマで食い物にされずに生きていくには自分の頭と腕っぷし、少なくともどちらかは使わないといけない。さもなくば」
――気づけなかった。間に合わなかった。守り切れなかった。
フラッシュバックする、数え切れないほどの死に顔達。
「…アカネ=サン?」
「なんでもない。その辺の素質は追々見ていくとして……お前みたいな小娘がすぐにでも身につけるべきスキルがある」
「護身術とか…?」
「お前のその細っこい腕でカラテチョップか。そんな物は後からでも間に合う」
「お前が今すぐ覚えるべきなのは、ネオサイタマの歩き方だ」
「ひとまとめに『アブナイ』と言っても、種類やグラデーションがある」
「ピンクとか赤とか?」
「青かったりな。……危ない場所、危ない時間帯、そこに行く目的、近づいてくる奴の雰囲気…そういった物を自分の中で点数化できるようになれ」
「そ、そんな事唐突に言われても……」
要領を得ないと顔に書いたヒイロを見てアカネは言葉を続ける。
「仮に10点をボーダーとしてだ。この通りは昼間歩く分にはメインストリートよりマシな部類なので3点としよう。夜は6点くらいか」
「随分跳ね上がるね」
「店仕舞いの時間になればこの通りも他と大差無いさ。…ま、そもそもネオサイタマの夜に安全もクソもねえって話にはなるけどな」
アカネが道の向かいでたむろするパンクの集団を顎で示す。
「アレは確かに社会の落ちこぼれで、ナイフを持ってるかもしれないし下手したらクスリをキメてるかもしれない。下手におちょくるとアブナイ連中だ。だけど連中はヨタモノと呼ばれるほど無軌道じゃないし、善悪の最後の一線はまだ保っている。たぶん」
目の合ったパンクの一人が威圧的な態度を示すが、すかさずキツネサイン。
しかしこの程度でなにか事が起きる訳ではない。
「さっきのパンクスはそうだな…3点くらいか。こうやって自分の置かれた状況を加点方式で評価するんだ」
「ボーダーを超えたら?」
「一秒でも早くその場から離れろ。静かに素早くな」
異論を認めないとばかりの口ぶりでアカネが答える。
マーケットを離れ、ヒイロの手を引き裏路地をズンズンと進んでいく。シャッターを覆うように描かれたグラフィティや、すれ違う人間の身なりから、この一帯の治安がお世辞にも良くない事はヒイロにも察知できる。
「この道は6点ってトコだな。一人の時は選んじゃいけないルートだ」
「急いでる時でも?」
「『アブナイと知っていて近づくのは実際アホ』」
人の良さそうなサラリマンとのすれ違いさまにアカネが言葉を発した。
「誰の言葉?」
「さぁな。今思いついた。…今のサラリマンは8点くらいだな」
「今のサラリマンが8点!?」
思わず振り返って男の後ろ姿を探すヒイロ。だが、そこには影も形も残ってはいない。
「嫌な眼でお前の事を品定めしてたよ。ロリコンのクソ野郎か、そういう連中相手に商売している奴か…アタシの得物を見て諦めたようだが」
「…まさしく、『人は見かけによらない』だね」
「その通りだ。しかも困った事に…隠れるのが上手い奴ほど大抵アブナイ」
「……単独行動なんて無理だよ…もう絶対アカネ=サンの傍から離れない……」
思考放棄を選んだヒイロ。
「勘弁してくれよ。そんな調子じゃボーイフレンドが出来てもデートにだって行けないぜ?」
「アカネ=サンの彼女になるぅ……!」
「これで全部だな」
会計を済ませ、紙袋をヒイロの鞄に仕舞う。中身はUNIXの予備バッテリーだ。現代社会においてUNIXの電源喪失は死に直結する。
「それとコレは、アタシからのプレゼントだ」
いつの間に調達したのか、アカネは自分のショルダーバッグから小さな箱を取り出す。手触りの滑らかな、高級感のある包装だ。
「エッ、どうしたのコレ!」
「開けてみな」
アカネに促され、興奮した顔で箱を開けるヒイロ。アクセサリーだろうか。コスメのセット?それとも最新モデルのガジェット?
「…うわぁ」
ゆっくりと箱を鞄に仕舞う渋い顔のヒイロ。
「予想は外れたみたいだな」
化粧箱から出てきた鈍色の正体は――二発装填の小型拳銃だった。
余計な装飾を排し、重金属弾を撃ち出す機能に特化したそのデザインは見る者にある種のゼンを感じさせるかもしれない。だが――
「アカネ=サンさぁ…もし自分がデートの最後に拳銃プレゼントされたら嬉しい…?」
残念、お嬢様の心には響かなかったようだ。
「社交辞令でも礼の一つくらい言えってんだ…それは護身用。アブナイに近づきすぎた時に使え。1発はクソ野郎のキンタマをぶち抜く為に、もう1発は……」
「……?」
「……いや、なんでもない。とにかく…アブナイには近づくな。約束だぞ」
残りの1発の使い道は、未来ある少女へ告げるにはいささか冷た過ぎるように感じた。「そういう所が甘いんだ」カラス野郎が見ていたらそう言って嘲笑うだろうか。
「それじゃあ、家まで送る」
差し伸べられた指先を握る小さな手。夕暮れの風で冷えた手にヒイロの体温が伝わる。冬は近い。
「アカネ=サン、今日は一日ありがとね」
「どういたしまして」
「撃ち方、ちゃんと教えてね」
「分かったよ」
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