人に言われる「考え過ぎですよ」とは、"不可知"を考えすぎるなというアドバイスに言い換えられそうだ。
"考えすぎることがどうして駄目なの?"
どうしてもぼくは考えすぎてしまう
――ということを知っている。
ただ、考えすぎてしまうことが
本当に悪いことなのかは、分からなかった。
考えてもいいことと、
考えても無駄なことの、場合分けが分からなかった。
【不可知】ということばを知った
そもそも、この世界に人類では
知ることのできないものがある。
そんな概念がこの【不可知】に詰まっている。
たとえば
「ひとはどうして生まれてきたのか?」とか。
「死んだらどこへいくのか?」とか。
「人生の目的」とか「美とはなにか」とか。
この【不可知】に対して、ぼくは弱い。
なんとか、知ろうとしてしまう。
その解答を定めるまでその場を動けなくなったり、
その解答をお金で買おうとしてしまったり、
貴重な自分の人生の時間を費やしすぎてしまったりする。
結果、人生の満足度が下がってしまう。
満足度を下げないようにする対策。
けっして諦めるのはでなく
【分からない】状態に耐えること。
Re:hackで冨永愛さんがパンダに「美とはなにか」を問われたとき、
なんて言っていたのだ。
「分からない」から仕事になる――
――それはまるで研究者のような発想である。
【不可知】に耐えられるように生きる一歩
【不可知】に慣れる、そんな生き方をはじめてみよう。
たとえば、いま自分は明らかに頑張りすぎていて、
まさに、「いつ終わったらいいのかわからない」沼にはまっているから。
疲れてきたので、ここまでにしよう。