通信制大学に対する社会人学生からの潜在的需要について

研究背景

 通信制大学の一つである早稲田大学人間科学部e-スクールの2019年度の入学者データによると、いわゆる「社会人」である「会社員・銀行員・教員・公務員・個人営業・自由業」の入学者が全体の約6割を占める。早稲田大学の人間科学研究科から日本教育工学会論文誌に発表された学術論文「オンライン大学で学ぶ学生の自己調節学習方略及びつまずき対処方略」の研究では、基礎教育科目「スタディスキル」と専門科目「生涯学習と成人教育学」の受講生を対象にアンケート調査が行われた。その研究報告によると、アンケートの有効回答数135名のうち、いわゆる「社会人学生」が8割近くを占め、その内訳は、92名がフルタイム(正規雇用)、7名がフルタイム(非正規雇用)、4名がパート・アルバイトだった。早稲田大学人間科学部e-スクールで学ぶためには、入学金として200,000円、登録単位数に応じた授業料(1単位あたり35,200円)が必要である。在学生データによると、1〜2年次の学生の約3割は10科目(20単位)以上を履修しており、当該学生らは授業料として約70万円を納めていることが推計できる。
 文部科学省専門教育課から2018年に公表された資料「リカレント教育の拡充に向けて」によると、正社員の労働者が学び直す上で最も大きな障壁となるのが「仕事が忙しくて学び直しの余裕がない」(59.3%)で、次に「費用がかかりすぎる」(29.7%)ことがあがっている。当該資料には、非正社員の労働者を対象とした調査は含まれていない。キャリアパスや雇用形態が多様な中、キャリア・アップや学び直しの一環として、特に非正規雇用の労働者(社会人)から通信制大学に対して潜在的な需要があるのではないかと考えた。

先行研究

 「社会人学生」に着目した研究として「私立専門学校の若手「社会人学生」の家計ー高校卒業直後の進学者との比較からー」という報告があった。この報告では、「世帯の主たる家計支持者が本人という生徒」を若手「社会人学生」と呼び、分析の対象としていた。分析対象のサンプルが小規模ではあるものの、若手の「社会人学生」が「JASSO奨学金」の貸与を受けていることや、貯蓄を取り崩しながら学んでいる実態が明らかにされていた。また、「雇用状態が不安定で低収入の「社会人」が、より安定的な雇用機会を求めて、専門学校や大学における学び直しを希望しているという事実」がある可能性についても言及があった。次に、平成25年度文部科学省委託事業『専修学校における生徒・学生支援等に対する基礎調査』の資料では、ヒアリング調査により、「社会人学生」への支援が進まない背景として、専修学校において社会人を担当するマンパワー(事務職員など)の不足と、社会人学生のニーズが汲み取れていないことをあげていた。そして、内閣府から2018年度に公表された資料によると、国際的にみると日本は学び直しの機会が少ないことが示されている。

考察

 国内では、非正規雇用の労働者が「学び直す」ための支援が十分ではなく、正規雇用の労働者についても勤務先からの理解と支援がなければ、大学・大学院で「学び直す」ことが難しい実態が明らかになると考える。また、いわゆる「生涯学習」として大学や大学院の正科生として学び直すことに対する需要もあり、科目等履修生などの形での在籍や特に若い世代からはMOOCsの活用により働きながら無理のない範囲での「リカレント教育」に対する需要があると予想する。

参考文献

早稲田大学人間科学部eスクール 2019年度eスクール入学者データ https://www.waseda.jp/e-school/examinees/data.html 
石川奈保子・向後千春「オンライン大学で学ぶ学生の自己調整学習方略およびつまずき対処方略」日本教育工学会論文誌 41(4), 329-343, 2018
文部科学省専門教育課「リカレント教育の拡充に向けて」(平成30年7月31日)(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/043/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/08/03/1407795_2.pdf)
日下田岳史・田村恵美「私立専門学校の若手「社会人学生」の家計ー高校卒業直後の進学者との比較からー」東京大学大学総合教育研究センター ものぐらふ13「教育費負担と学生に対する経済的支援のあり方に関する実証研究」第9章平成27年3月
谷田川ルミ「学校・学生ヒアリング調査からの知見ー経済的に困難な学生、社会人学生の現状ー」平成25年度文部科学省委託事業『専修学校における生徒・学生支援等に対する基礎調査』2014
内閣府 平成30年度 年次経済財政報告(経済財政政策担当大臣報告)「「白書」:今、Society 5.0の経済へー」第2章「人生100年時代の人材と働き方」第2節「人生100年時代の人材育成」3「社会人の学び直し(リカレント教育)とキャリア・アップ」(平成30年8月)(https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je18/pdf/p02023.pdf)

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