大学ミスコンは出来レースに過ぎない
こんにちは、ぼんです。
今回はミスコンについてお話しします。
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私の大学でつい先日、ミスコンが行われた。
今回、友人が出場しており私にも情があるので、
言わずもがな私はその子を応援する。
結論から言うとその友人は優勝しなかった。
話す前に1つ言っておきたいのだが、
今回をきっかけに、これから話すことは決して前惜しみのエゴではなく、私自身、ほとんどのミスコンに対して以前から感じていた未消化だった部分を綴る。
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私の通う大学は誰もが知っている某私立大学であるが、キャンパスは都内から少し離れた辺鄙な田舎にある。
よって、青学や中央等の一般のSNSユーザーを大きく巻き込んだ壮絶なミスコンではない。
ほとんどの大学ミスコンは、これに当てはまると思う。
そういったマジョリティの大学ミスコンの実態は、だいたいが所属サークルの人数によってほぼ結果が決まるといっても過言ではない。
これが全く面白くないのだ。
いわば、「友だちが多い人決定戦」のようなものだ。
今回も例年通り、巨大サークルに所属している人が優勝した。
サークルの人数=確定された票数 である。
勝負事とは到底かけ離れた、この面白みのない事実ありきで実行委員会が動いているということにも非常に生温さを感じる。
この全体のシステムは日本のお家芸のような、
抗えない集団的圧力と類似しているように思われる。
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これからも、小規模な大学ミスコンが勝負事として成立することはないだろう。
所属団体で決まってしまうようなレースなら、
最初からやる必要はないのではないか?
開催して得られるものとはなんなのか、
考えさせられる。