携帯ダメおじさん
もう随分昔のある夜の出来事だ。
帰宅のために夜の11時くらいにいつものように東急池上線に乗り込み、空いている座席を探す。
優先席しか空いていなかった。
が、体も結構クタクタだったため、「ラッキー」と思いながら最後の空席に腰掛け、
おもむろに携帯で遊んでいた。
電車が出発し、しばらく駅を過ぎると出会ってしまったのだ・・・。
そう、携帯ダメおじさんに。
私は携帯に顔を向けていて多少うつむき加減だったわけだが、
頭頂部付近から「携帯ダメ!」となかなかのビックヴォイスで、続けざまに
「ここは優先席でしょ!ルールだからダメだよ!」とのことである。
顔を上げると昭和の名監督 黒澤明をくたびれさせたような風貌で、頭には「THE SKY HUNTER」と刺繍がしてあるキャップを被り、
淡いブラウンがかったサングラスを掛けているおじさんが、喪黒福造も顔負けの指差しで携帯を使うなと注意してきたのである。
「隣の君もダメ!」と私の横に座っていた20代後半の若者にも同様の指差し注意を行い、注意された我々二人が渋々携帯をポッケにしまうと、対面の座席にスッと腰掛けた。
無論おじさんが腰掛けた座席も優先席である。
自分が悪いと分かっていても注意されると愚かしいもので、イライラするものだ。
例に漏れず多少イライラと発車時刻を待っていると、続々と人が乗ってくる。
手には携帯を持つ人が。。。
ここで私の興味は新たに乗り合わせてきた優先席付近の携帯使用者におじさんが注意するのかどうかということに向けられることとなった。
発車時刻が迫り、車内は多少乗客が押し合う混雑さを見せ始めると、おじさんの目の前に20代後半のOLが携帯を使用しながら居場所を確保したようだった。
しばらく様子を伺っていると・・・注意しないではないか!
電車は発車し、2駅ほど過ぎたにも関わらずだ!
寝ているのかなと思い人ごみの間からおじさんをチラ見するもグラサンのせいでよくわからない。
グラサンの淡いブラウン色のせいでおじさんの目が開いているかどうか見えるか見えないかの瀬戸際でついついガン見してしまう。
しかし、首をもたげているわけでもなし、起きているようではあった。
「なーんだ、女には言わないのね」と思っていると、優しい口調で「携帯はダメだよ。ルールだからね」とさりげなく注意したではないか。
女性は「あ、はい」と言いササッと携帯をポッケにしまう。
女性が降りた後も40くらいのおじさんが携帯を出そうとしたとたん
「携帯ダメですよ。ルールだから」という具合に注意をするのである。
こうなってくると元来単細胞な私は次第におじさんのファンになってくる訳である。
自分の目の前に立っていた20代前半の男性も携帯をいじっていたのだが、おじさんに背を向けており、おじさんからは犯行現場が確認できない。
何故か心の中でおじさんを応援していると、腕の上がり具合を見て察知したのか、わざわざ腰を浮かせてトントンと突っつきながら自身が座る座席から少し離れた男性さえも注意するのであった。
私はなんだかよく分からない満足感にかられているとおもむろに対面の一番端に座るB系の若者と目が合った。
多分私がニヤついていたのだろう。B系のお兄さんもニヤついていた。(ように感じた)
その後も次々と指差し注意をし、おじさん自身が降りるまでに7、8名ほどを解脱させたのだった。
なんとなく古き良き日本なんて言葉が頭をよぎりながらも、おじさんが降りたら携帯で遊ぼうなどと考えている自分が居たのは正直なところだ。
すると、私の降車駅の2つ前でおじさんが腰を浮かせたではないか。
しめしめ携帯で遊べると思いポッケに手を入れた刹那、おじさんが降り際に私に一瞬近づいてきて
「さっきは注意して悪かったね」と言ってきたのだ。
私が微笑んで「いえいえ」と返した後、颯爽と電車を降りていった。
私は一瞬動きを止めた後、携帯を持たずにポッケから手を出したのであった。
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