児童性的人身売買と遊郭、日本文学、慰安婦問題に関する議論の必要性。
(児童)性的人身売買は日本の伝統である。これは何も陰謀論ではなく、現実に起こったことだし、現在も起こっていることである。現状、多くの日本人は公式的に(児童)性的人身売買について議論する機会は与えられていないので、売買春を日本の闇の部分と勘違いしている者が居り公の場で議論すら憚る者が多いが、日本政府が率先して奨励しているのであるから、現状売買春行為は闇でもなんでもなく、実はありふれた日常だ。ここから目を背けてはならない。資本主義的見方をすれば、豊臣秀吉時代から約400年いやそれ以上続く売買春問題の解消はビジネスチャンスにもなり得るのだから、目を背けるより寧ろ大っぴらに議論をすべきだとも思う。
日本の児童性的人身売買に関する実質的な管理者は皇室、日本政府、国粋右翼政党、警視総監、警察官、各都道府県自治体、公務員であることは陰謀論でもなんでもない。この事実は図書館に足を運んだり、ネットで調べたり、大手メディアが歓楽街と呼ぶ地域に足を運んだり、政治家、警察や公務員と議論すれば得られる情報であるが、あまり知られていない事実である。大手メディアは、報道しない自由を行使して、公権力が行なってきた日本の児童性的人身売買の実態を隠蔽し議論する機会を奪ってきたのである。大手メディアのアナウンサーが報道機関は国民の代表だ!などと言う割には、国民が知りたい事実、皇室が児童性的人身売買で金儲けしている事実を報道しないのである。皇室ギャング、児童性的人身売買シンジゲートに支配された報道機関は役立たずなので、憎まれっ子世に憚るなのである。
児童性的人身売買と遊郭、日本文学、慰安婦問題に関する議論が必要だ。具体的に慰安婦はどのような処遇だったのか、大っぴらにすべきだ。毎日銃弾が飛び交う中で兵士30人のペニスが膣に代わる代わる挿入され、場合によってはコンドームなしで射精されていたという事実だ。日本文学に登場する遊郭でも同じ行為が行われていたのである。管理売春で儲かった金は皇室以下、に送金される仕組みである。そして金を奪われた顧客の兵士は戦場で命をかけなければならない状況に追いやられた。慰安婦の得た報酬も慰安婦の手元に残った証拠はない。もし慰安婦が荒稼ぎしていれば、現状もっと日本人女性の地位は高かっただろうし、慰安婦問題について女性視点の議論がもっと活発になっていただろうからだ。慰安婦は性奴隷、顧客の兵士も奴隷なのである。
慰安婦問題に切り込まないメディアが、児童性的人身売買の問題を論じるのである。大手メディアの論考は不十分であると言わざるを得ない。自国の性的人身売買の実態も暴けない、日本のレガシーメディアがラオスの問題を論じるなど順序が違うだろう、と言いたいのである。
少女買春 ラオスを訪れる日本人客