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5/23 岡本太郎に魂を揺さぶられ、日記を始めました

今日から日記を始めることにした。
きっかけは岡本太郎の『自分の中に毒を持て』の一説である。
三日坊主でもいい。何かを始めてみるのだ。と巨匠岡本太郎は言う。
巨匠の言葉は私の魂の温度を少し上げた。恵比寿から茅ヶ崎に帰る電車の中でこの本を開き、文字を読み心を打たれ、この文章をiPadで打ち込んでいる。
もしなんとなく始めるこの日記が数十年続き、私の人生の糧になるのであればそれはとても素晴らしいことだな。と数年後を想像もした。全く想像がつかなかった。自分がどんな将来になっているのか。
と言うわけでこの文章を書き始めようと思ったのである。
今この文章を書いている私はこの文章を読んでいる誰一人とも同じ人生を歩んでいない。この世界に完全なオリジナルストーリーを今この瞬間に紡ぎ出している。岡本太郎風に言えば爆発させている。
もし仮に私とあなたが24時間を共にしたとしても、私とあなたの見ている景色や注目する箇所、思うところ、日記に残すことも違うはずだ。だからこそ私は日記を残すことにした。
AIが発達してきて、かなりそれっぽい文章を書いてくれるようになったところで私はAIに文章を書かせたりせず、“私の生きた瞬間を私の言葉で残したい“と思った。(字が恐ろしく汚いので読み返すことができないため、一旦はiPadで残す。今この文章を打っていて、手書きもいいかもと思った。)

と言うわけでここから本日の日記をスタートする。
どんなスタイルになるかは今後決めていきたいと思う。
とりあえずは思いつきスタイルである。

5/23(火)
茅ヶ崎の家で目を覚まし、鏡で身体をチェックする。北中米旅で痩せた現在の体型が気に入っているがボディをチェックしているのではなく、昨日モデルをしたボディーカラーリングの方である。黒く焼けたように見えるが、シャワーを浴びたら程よい感じになったので安心した。朝は業務委託の件の面談だった。結婚し、仕事でも独立を果たした大学友人からのよさそうな話であるが、内容についてはまた決まったタイミングで日記に残したい。伏線があった方が日記としても面白いと思う。
その後は歩いて茅ヶ崎駅まで向かい恵比寿に行く。恵比寿駅の駐輪場に止めてあるバイクでウーバーを開始する。私は最近、ウーバー配達員として東京の街を縦横無尽に駆け抜けているのだ。(文章を書く上で文末に「のだ」と付けがちなんだけど、「縦横無尽に駆け抜けているのだ」はウーバー配達員だとしても文章だと言い感じに見えるのでやはり日記は良いかもしれない。ちなみにウーバー配達員も歴きとした仕事なので何も恥じることではない。)

そんな中、最近考えていることは「自分は何をしたいのか」である。ウーバーはこの先ずっと続けようとは思っていない。(未来の自分へ。最悪ウーバーでも大丈夫だからね。)
少しお金を貯めたらまたメキシコに行きたいしインドやタイにも行きたい。いや、必ず行く。
ということは今自分のしたいことはメキシコやインド、タイに行くことで、その現地の風を浴び、日本とは違う文化を見て、改めて興味関心の赴くままに歩きたいのである。
現状、そうした"旅"を続けながら生きて行けるように、ワーホリやJICAについても調べている。旅行と生活をするのは違うというが、どの程度違うのであろうか。やってみるしか知ることは出来ない。

そういった考えと同時に、結婚や出産などの人生のステージを進める同級生たちも増えていて、漠然とした将来への不安がないわけではない。が、私のアピールポイント「楽観的」が姿を現し、将来のことなんて考えてもわからんし、悩んでも仕方ないよな〜となる。
冒頭で、自分が数年後何をしているか検討も付かないと述べているが、事実として退職直近のサラリーマンであった1年前の私は、旅をスタートしたアメリカでこんなにも幸せに溢れた世界が広がっていることも知らず、サンフランシスコでボーイフレンドが出来たり、メキシコで遊びまくり、グアテマラでスペイン語を学び、再度メキシコに戻りどハマりしたことで旅の目標であったペルーに辿り着けずに日本に帰ってきているが全く後悔しておらず、むしろまたメキシコに行こうと考えているなんて想像していなかった。
今思うと想像出来るはずがなかったのである。

それは旅に行ったことで初めて触れた文化で私が変化(もしくは順応)したからである。今日、岡本太郎の本を読み、魂の温度を上げられ、この日記を始めたのと同様に、その環境、出会い、文化は私に影響を与え、未来を少しずつ変えていたのである。
自分が何をしたいのか については今後もアンテナを張り、自分の内なる声に耳を傾けすぐに行動できるよう、ふわりと軽く、すんなりと収まるところに収まるとさえ思っているので、このまま様子を見ながら生きていきたい。
ただ一つ今思っている"この人生の大テーマ"は「出会う人に愛を与えていく」「死ぬ時に見るであろう走馬灯を"幸せ"で埋め尽くす」ということである。
大テーマだけは自分の芯として置き、沢山の愛を受けここまで成長した自分だからこそ出来る愛の恩返しをしていく。


どのくらい続けられるかは分からないが、とにかく日記をつける。文章の量も今日は気合が入っているので結構書いたが、今後はどうなるか分からない。
包み隠さずここに残したいが、かけないこともある。そこは承認欲求の塊として記事有料化でもして記載するかもしれない。

未来は分からない。いまを残していく。

バナナ、岡本太郎、2tトラック

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