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晨星落々

ふと目が覚めたのが午前0時。
外の空気が吸いたくなって、部屋の南向きにあるおおきな窓をあける。網戸のはまっていないそれは、夜空を切り取った額ぶちみたいで、きらきらと星がまたたいていた。まんまるい月の向こうから誰かがこちらを覗くんじゃないかと目を凝らしてみるけれど、特に変化なし。

午前1時。
ひゅい、と空気を切る軽快なおとがした。そこにぼちゃんと水のおと。庭のほうからだ。家の庭には池がある。なんだろう。かたい窓枠に手をついて、外へと身をのり出したら、バランスをくずして落っこちた。ぼちゃん。

午前2時。
気がつくと水の中。ゆらゆらとたゆたう冷たくて透明な液体があたりを包む。さかなの薄い鱗がぴかぴか反射して、池を虹色に輝かせていた。きらり。光るおとがした。金色、まばゆいばかりの金色がにわかに目をしばしばさせる。まなこを細めてみると、金ぴかの星がひとつ。手にとってみるとほのかにあたたかい。そこへ、ぼちゃん。ぼちゃん、ぼちゃん。次から次へ、星たちが池に降りそそぐ。あたりはまるで朝が来たみたいにまぶしい黄金に照らされた。それらを全部かき集めて、ズボンのポケットに押し込んだ。こわさないように、消えてしまわないようにゆっくりと。

午前3時。
すっかりさえた目でソファに転がる。ポケットには黄色い星くず。星たちはもろくて、水からあげたとたんにぽろぽろとくだけてしまった。それでもかすかに光を放つ。不定期に、ぴかぴか。粉ごなになってしまった星くずをサイドテーブルに飾って、しばらくそれを眺める。ふと窓をみやると、きらきらした絵画はもうどこにもなくて、ぽっかり穴の空いた黒い黒い空が広がるばかりだった。うす暗い部屋で明滅するちいさな光に、あたたかい涙がこぼれた。

ああ、どうか夢でありますように。

2013年6月
2016年2月改訂
#第1回noteSSF #ショートショート #星

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