「パッセンジャー」約束された新天地にたどり着けない男女の長い旅とは結婚生活?
by キミシマフミタカ
映画がはじまって数分して、これは南海の孤島に漂着したロビンソンクルーソーの物語なのだと気づく。たまたまその舞台は、新天地の惑星到着まで120年かかる、5000人の移住者を乗せた豪華な巨大宇宙船なのだ。主人公(クリス・プラット)は、冬眠装置の故障で、一人だけ途中で目覚めてしまう。その時点で、到着までの年月は90年後。技術的な問題で、冬眠装置で再び眠ることはできないという、絶望的な状況にある。
水も酒も食料もバーチャルな娯楽も豊富にあり、生きてゆくには困らないが、宇宙船の中で死ぬまでひとりぼっちを続けるのか。やがて1年がたち、自殺も考えたが、なんとか正気を保っている。そこでふと閃いたのは、誰か“道連れ”をつくることだ。つまり、冬眠装置を解除して、乗客の誰かを“起こして”しまえばいい。彼が選択したのは、冬眠装置で眠る、若くて美しい美女(ジェニファー・ローレンス)だった……。
映画のトーンはちょっと軽いノリで、どうなるのかと思っていたが、意外と最後まで飽きずに観ることができた。そのストーリーを支えていたのは、じつは豪華宇宙船の中のバーで働いているアンドロイドのバーテンダーである。彼は下半身が機械のままなのだが、バーテンダーらしく、どんな深刻な話題だろうとクールな受け応えに終始する。なのだが、アンドロイドゆえに、無邪気に物語の起点になってしまうのである。
そのバーの風景は、キューブリックの映画「シャイニング」のホテルのバーを彷彿とさせる。不自然に誰もいない豪華なバー。そもそもホテルとか船とかのバーは、どこか空虚で非日常的だ。でもバーのスツールに腰掛ければ、そこが絶望的な宇宙船の中であったとしても、酒が提供される。つまり、あの世とこの世の境目の場所であり、同時にどこでもない空間なので、人はそこに腰かけて、妙な具合に落ち着きを取り戻すのである。
恋する男女が手を取り合って一生、死ぬまで一緒に仲良く暮らすならば、それが“二人ぼっち”の空間であっても構わないのだろう。彼らを取り巻く環境が、リアルだろうとバーチャルであろうと、本当はたいした違いはない。ということを考えていたら、そもそも夫婦生活とは死ぬまでの長い旅なのだと気がついて、あらためて愕然とした。その旅の果てに、約束された新天地などない。だとしたら、彼らの選択はやはり正しかったのだ。