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『センス8』ここにいるけど、そばにいない。ここにいないけど、そばにいる。
by キミシマフミタカ
南国でしばらく暮らしていたときのこと。経済格差が著しい発展途上国の首都。昼寝から汗だくで起きると、中庭に出て井戸水でTシャツを洗濯した。煙草をすいながら、ぼんやりコーラを飲んでいると、塀の上を極彩色のトカゲがゆっくりと横切る。
スコールがやってくると、道路は水浸しになった。自転車に乗っていて、水たまりの底に隠れた深い穴に気づかず、前輪がとられて空中で一回転したことがある。ネットもない時代、だれともつながっていなかった。寂しいとは思わなかったが、救いは必要だった。
ここにいるけど、そばにいない。ここにいないけど、そばにいる。どちらが良いかとたずねられたら、圧倒的に後者になるだろう。たとえここにいなくても、そばにいてくれる存在だけが、救いになるからだ。だがもしその存在が、実体を伴ったらどうなるのか?
物語のはじまりは、少々取っ付きが悪い。だが「マトリックス」のウォシャウスキー姉妹が手がけたのだから、きっと面白くなるはずだ、と思いながら見続けると、案の定、ストーリーは重層化しながら、独特の世界観が、みるみる立ち上がって来る。ああ、これは単なるSFじゃないんだと思う。
このドラマは8人の群像劇だ。接点がないところからはじまるので、多少混乱するのも無理はない。舞台は、ナイロビ、ソウル、サンフランシスコ、ムンバイ、ロンドン、ベルリン、メキシコ、シカゴで、それぞれが、それぞれの人生で、葛藤を抱えている。
やがて、その8人は次第に、ここにいるけれど、そばにいない存在に、倦みはじめる。そしていつしか、ここにいないけど、そばにいる存在に、勇気づけられてゆくのだ。ときには、淡い恋心も抱くようになる。“ここにいない”からこそ、その絆は純粋なのだ。
8人のキャラクターが、それぞれに何かしらの能力を持つ。なかでも韓国の女優ペ・ドゥナ(Bae Doona)演じる、ソウルの財閥の長女サン(Sun)のカンフーアクションは“胸がすく”思いだ。これは、なにかに似ていると思う。石ノ森章太郎の「サイボーグ009」だ。ふだんは世界各地に散らばっている特殊な能力を持つ仲間たちが、いざ危機が起こると集まって敵と対峙する。ただし「センス8」では、物理的に仲間たちはそばにいない。そばにいないのに、協力して戦わなければならない。脚本家の苦労がしのばれる。
この「センス8」、世界各地でロケを行ったため、予算が膨らみ過ぎてシーズン2で打ち切りになりかけたという。だが、ファンが続編を熱望したため、最終話として2時間の完結編が制作された。正直にいえば、その完結編はなくてもよかったかもしれない。実体はないけれど、そばいる。その存在のままのほうが、救いになるときがあるからだ。